有機化合物は、地球や惑星上の環境によって複雑にその反応を変化させますが、その複雑さについては、まだほとんど分かっていません。有機化合物の地球や惑星上の環境中で起こる複雑な反応が明らかになれば、初期の地球で起こったことを推測できるとともに、他の惑星での地球外生命の探索にも有用な情報を与えます。地球生命研究所(ELSI)のKristin N. Johnson-Finn研究員らは、熱水条件下で酸化還元活性をもつ鉄の酸化鉱物の存在時に一電子酸化によってカルボン酸が生成・変化する新しい反応経路を発見しました。

 

 

 

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図1. カルボン酸から生じる3つの反応経路の概要。鉱物によって促進される経路には、脱炭酸によるケトン化(青)、一電子酸化(赤)、および新しく形成されたカルボン酸と出発物質(紫)に起因する脱炭酸によるケトン化の新しい経路が含まれます。脱炭酸は、溶液中の両方のカルボン酸で同時に起こります。credit: Johnson-Finn et al. 2021 ACS Earth and Space Chemistry.

 

 

カルボン酸は、生物学的に重要な代謝サイクルを担う分子の一部です。加えて、地球上の自然環境中にも豊富に存在しています。さらに、地球外物質であるマーチソン隕石においても、カルボン酸は最も多く測定された有機化合物グループの1つです。しかしながら、カルボン酸の多様な形態と構造の起源はまだ解明されていません。

 

研究グループは以前に、熱水条件において4つの異なる金属の酸化鉱物(マグネタイト、ヘマタイト、コランダム、スピネル)の存在下でケトンを生成する際に、カルボン酸を消費する経路を発見しました。今回研究グループらは、さらにその研究を発展させ、より大きなカルボン酸から小さなカルボン酸を生成する反応経路「一電子酸化」の実証を行っています。これは、カルボン酸の生成方法としては、これまでの地球化学分野の過去の研究では考えられていなかった、新しい経路です。

 

この新しい経路は、マグネタイトとヘマタイトの存在下で生じます。以前、研究グループがコランダムとスピネルを用いて実験したときは、この経路は生じませんでした。そのため研究グループは、カルボン酸の生成経路には酸化還元活性のある金属酸化物の利用が必要であると提案しています。マグネタイトとヘマタイトは酸化還元活性がありますが、コランダムとスピネルはいずれも電子を貯蔵したり輸送したりできない絶縁体材料であると考えられます。

 

長鎖カルボン酸を出発物質として短鎖カルボン酸を生成させる経路は、進行性の一電子酸化です。反応中間体としてアルコールやアルデヒドが生成されますが、それらは反応メカニズムの中で急速に消費され、最終的にカルボン酸が生成されます(図2)。

 

 

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図2. 長鎖カルボン酸を出発物質として短鎖カルボン酸を生成するために提案されたメカニズム。出発物質、中間生成物、最終生成物を四角で囲ってあります。credit: Adapted from Johnson-Finn et al. 2021 ACS Earth and Space Chemistry.

 

 

カルボン酸を生成する過程に、この新しい反応経路が生じれば、システム全体の複雑さは増していきます。水中では、反応は1種類の経路のみです。酸化還元活性をもたない金属酸化物が存在する場合、2種類の主要な経路といくつかの二次的な経路があります。酸化還元活性をもつ金属酸化物があるときは、3つの開始反応経路に加えて二次経路の数も増加し、複雑になります。一部の反応は可逆的であると考えられますが、他の反応は、時間の経過とともに進化する複雑なネットワークに再び加わることができない炭化水素を、不可逆的に生成します。

 

注目すべきは、長鎖と短鎖のカルボン酸をカップリングさせて、ケトン生成物を作り出す反応です。これは短鎖カルボン酸の存在下でのみ生じます。1種類のカルボン酸と1種類の酸化鉄鉱物(マグネタイトまたはヘマタイトのいずれか)を出発原料として、鉱物の表面で発生するか電子の損失をともなう酸化還元反応の結果として、複雑な一連の物質が生成されることがわかりました(図3)。

 

 

 

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図3. 鉄の酸化鉱物であるマグネタイトまたはヘマタイトの存在下で生成可能な化合物の反応経路マップ。より多くの経路が利用可能になると、複雑になります。credit: Adapted from Johnson-Finn et al. 2021 ACS Earth and Space Chemistry.

 

 

鉱物がもつ化学的性質と有機化合物の利用可能な構造成分が増えれば、複雑性はさらに増していきます。研究グループは、より複雑なカルボン酸を出発物質とした実験も行い、観察された反応ネットワークの普遍性を検証しました。その結果、同様の反応ネットワークが形成され、さらに多くの反応生成物が生成されることがわかりました。

出発物質とする有機化合物の構造によっては、もっと他の種類の生成物も生成される可能性があります。マグネタイトの存在下で1つの炭素鎖を追加すると、明らかに反応速度と利用可能な二次生成物が大幅に変化しました。あまりにも多く生成物が検出されたため、化学反応の正確な経路マップを作成することが非常に困難になりました。

これらの研究結果は、複雑で相互に関連するシステムが、単純な出発条件から発展していることを示しています。原始の地球において上記の環境条件が成立し、カルボン酸を含む最初の代謝サイクルが誕生したのかもしれません。

 

 

 

掲載誌  ACS Earth and Space Chemistry 
論文タイトル  Hydrothermal One-Electron Oxidation of Carboxylic Acids in the Presence of Iron Oxide Minerals
著者 Kristin N. Johnson-Finna,b*, Lynda B. Williamsc, Ian R. Gouldb, Hilairy E. Hartnettb,c, Everett L. Shockb,c
所属  (a) Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Tokyo 152-8550, Japan.
(b) School of Molecular Sciences, Arizona State University, Tempe, AZ, 85287, United States
(c) School of Earth & Space Exploration, Arizona State University, Tempe, AZ, 85287, United States
 
DOI  10.1021/acsearthspacechem.1c00139
出版日  2021917