どこでどのように地球が生まれたのか。地球の組成がどのように決まったのか。地球内部の状態がどのように進化してきたのか。大気や海洋の形成に必要な元素はいかにしてもたらされ、維持されたのか。さらに、生命にとって重要な地球表層環境は初期の時代にはどのようなものだったのか。ELSIでは、このような疑問に答えるため、地球形成の鍵となる過程の再構築を行っています。
私たちは、原始惑星系円盤における集積と輸送に関して、初めての統合モデルを提案しました。このモデルは、ガスと相互作用する塵の大きさから、“ペブル(小石)” として知られる重要な中間段階への成長を経て、原始惑星の軌道の移動、ジャイアントインパクトの効果までの非常にスケールの異なる過程を考慮したものです。宇宙化学的証拠と計算モデルを組み合わせることによって、惑星系における多様性を説明し、初期地球における軽元素(C, O, Si, H, S, N)の供給源を推定することが可能になりました。
岩石マントルから分離した地球の金属コアは、これまで考えられていたよりも多くのケイ素と酸素を取り込み、大量の水素も地球のコアに取り込まれていることを私たちは発見しました。また、コアの冷却に伴って酸化ケイ素が初期段階で析出し、その強力な浮力によって液体金属のコアが激しく攪拌されるという重要な発見もしました。この攪拌によって初期地球は磁場を持つことが可能となり、太陽風による地球大気の散逸を免れたと考えられます。
さらに、形成初期の惑星表層の冷却率は、入射する太陽放射の量に極めて敏感であることを解明しました。地球と金星の間の軌道半径のわずかな違いでも惑星表層の冷却率が10倍以上も異なることがわかりました。もともとの組成は類似しているにも関わらず、金星が乾いた星になり暴走温室効果を招いた一方で、なぜ地球は海洋をたたえ、ほとんどのCO2を地球内部へ蓄積したのかがわかったのです。
ELSIでは、生命の起源を、新たな地質学的システムの出現として理解しようとしています。そのためには、初期の化学進化の重要な要素を与える大気・海洋・固体地球の間の相互作用を理解する必要があります。
初期地球大気の酸化状態については、誕生後の地球に起こった一回の巨大天体衝突によって、二次的な水素大気が冥王代初期に形成され、約2億年間維持されたことを発見しました。また、複雑な硫黄の安定同位体の特徴によれば、地球のCO/CO2の比率は太古代の時代より高く、これは複雑な有機物の合成にとって決定的な違いを生んだことを示唆しています。
ELSIでは、生命が誕生するためには、惑星表層の多様性が必要であると考えています。私たちは、栄養塩の供給源としての海洋底や大陸の役割、エネルギー源としての太陽や大気、岩石―水相互作用、地質的放射性環境の役割、地球の水の供給時期、原始大気や原始地殻の組成について研究を進めています。これらの諸要素の研究を通して、地球が生命を誕生させる星としていかに特別であるかを説明することができるのです。
私たちはさらに、熱水噴出孔で観測される電位差や、地中の放射性元素が出すガンマ線の電離作用による二次的電子、そして大気を通過する紫外線などの様々なエネルギー源がいかに反応性の高い炭素化合物や窒素化合物を合成するかを示してきました。ELSIのモデルでは、硝酸塩、アンモニア、一酸化炭素などが初期海洋に存在し、核酸塩基などの重要な有機物の前駆体や、重合を促進する活性化因子を合成する反応経路があることを発見しました。
ELSIは、生命の起源に関するアプローチを、古典的な実験手法だけでなく、実態に近い惑星表層の地質化学的環境を特徴付ける「組み合わせの複雑度」といった概念へと掘り下げています。さらに、新たな計算手法や分析手法を組み合わせ、機能性高分子の形成、構造、性質の研究に応用しています。
ELSIは、進化し続ける生物圏を形成するに至った主要な進化イベントや、生物圏の構造と進化の様式、それがどのように惑星としての地球環境と共に変化したのか、さらには、生物進化が地球の地質学的変遷にどのようにフィードバックを与えたのかを解き明かしつつあります。
ELSIでは、初期生命の構造や機能を理解するため、合成生物学や進化生物学を組み合わせています。例えば、簡素化した遺伝暗号を用いた機能性タンパク質の合成などに既に成功しています。また、人工細胞膜を合成しどんどん複雑な機能を持たせていったり、細胞膜の中やそこを通る生体分子システムを協調動作させたりすることも達成しています。
また私たちは、始原的とされるバクテリアのゲノム配列と細胞内でのエネルギー代謝系を再構築した結果、微生物と地球表層の化学環境が相互に影響を与えつつ進化したこと、生命はより大きくかつ強固な分子システムを保持する能力を獲得したことを示しました。私たちは、生物進化と岩石記録を関連づける同位体的指標と鉱物学的な特徴を利用して、全地球表層環境へ劇的な影響を与えることとなった生命の革新的な代謝系である硫黄代謝系や酸素発生型光合成の進化と発生を岩石記録中から見出しました。
地球上に存在するゲノムは、2つのライフサイクルによって供給されています。ひとつは、自由生活性の細胞であり、もうひとつはウイルスです。私たちは、好熱性古細菌に感染するウイルスの多様性に関する知見をほぼ100%増加しました。ELSIは現在、世界でも有数の古細菌ウイルスのコレクションを保有しています。
さらに私たちは、外的制約が引き金となって複雑さを生み出すという、新しい分子進化の規範を明らかにしました。触媒機能の性能の低さが逆に新たな機能獲得への入り口であることを示す結果を得ました。これはゲノムがまだ短く複製の精度が低かった初期の生命進化にとって重要なメカニズムであった可能性があります。
ELSIが進める地球と生命の歴史に関する研究によって、繰り返し起こる「多様化と選別」が鍵であるという統一的な概念が形成されつつあります。この考え方は、太陽以外の星の周りに存在する惑星における生命生存の可能性や、私たちと異なる生命あるいは私たちの地球と類似の生命を生み出す惑星条件が何であるかを理解するための重要なステップとなります。
地球の生命にとって、地球表層の多様な環境は重要です。私たちはこうした多様性に関する理解をさらに発展させ、研究対象を太陽系の氷衛星の氷の下にある海洋へ、そして太陽系以外の恒星系へと広げています。こうした研究によって生命の生存可能性の複雑さについての理解が深まると考えています。
数値的な組み合わせ理論を使うと、地球生命のどのような特徴が地球の化学的な特殊性を反映しているのか、あるいは宇宙において一般的なのかを知ることができます。例えば、生体内でタンパク質を構成するアミノ酸の種類は、無作為に選んだ膨大なアミノ酸の組み合わせの中でも、特に幅広い化学的特性を網羅していることがわかっています。つまり自然選択によって、生物はタンパク質に利用できるアミノ酸の化学的性質の多様性の限界に近い特有なセットを実現したのです。
この宇宙における生命の誕生は、つまるところすべてが自給的なプロセスから始まって進んだ結果となるはずです。ELSIは今後、宇宙生物学という学問分野まで研究範囲を広げ、単純な力学的複雑性のパターンがいかにして自己を維持するような階層的構造を作っていくのかを探っていきます。