― 生命のもとである有機化合物は初期の地球でどのように作られたのか

 

東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のKristin Johnson-Finn研究員らの研究グループは、生命が誕生する以前の地球に存在していたと考えられるカルボン酸の熱水条件下での新たな有機反応経路を発見しました。これまで、カルボン酸からケトンの形成反応は水中では起こらないと考えられていましたが、研究グループの熱水条件下での実験および熱力学的計算の組み合わせにより、高圧高温かつ金属酸化物の存在下でカルボン酸からケトンが生成されることが示されました。この結果は、生命誕生に必要な有機化合物の合成プロセスを知るための重要な手がかりになると考えられます。

 

深海に存在する熱水噴出孔は、地球生命が誕生した場所の有力な候補と考えられています。生命が誕生するためには、生物の体を作る様々な種類の有機化合物が必要です。カルボン酸は、カルボキシル基(-COOH)をもつ有機化合物です。隕石や生物の体内など様々な環境に豊富に見られ、生命が誕生する以前の地球にも存在していたと考えられることから、深海の熱水環境下のカルボン酸の化学反応を調べれば、生命のもとである有機化合物の合成経路について、有力な手がかりを得ることができます。

 

研究グループが注目したのは、これまで有機地球化学の解釈では考慮されてこなかったカルボン酸からケトンを生成する反応です。この反応は工業的にはよく知られたプロセスですが、通常は気体もしくは有機溶媒の中で行われるため、水中ではケトンの生成は起こらないと考えられていました。

 

ところが、研究グループが、高圧の熱水条件(300℃、1000気圧)環境でカルボン酸を水または4種類の金属酸化物と反応させた結果、金属酸化物があれば水中でもケトンの生成が可能であることがわかりました。

 

画像1に反応経路の概要を示しました。

 

 

 

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画像1:フェニル酢酸(カルボン酸の1種)を出発物質とした反応経路の概要。金属酸化物の存在下では、生成物は2つの異なる経路で即座に生成されます。(1)水のみの場合はトルエンとCO2が形成されます。(2)金属酸化物に活性化された場合、ジベンジルケトン、CO2H2Oが生成されます。その後ジベンジルケトンが分解されてトルエンが生成されます。Credit: Kristin Johnson-Finn, ELSI.

 

水のみで反応を行った場合は、カルボン酸からトルエンとCO2が生成されました(画像1上)が、金属酸化物の存在下ではジベンジルケトン(ケトンの1種)、CO2H2Oが生成され、その後、ジベンジルケトンが分解されてトルエンが生成されました(画像1下)。このことから、数週間の長い時間スケールでの実験では、中間生成物であるジベンジルケトンを見逃す可能性があることがわかりました。

 

水のみの場合の脱炭酸に関連するケトン生成反応の熱力学的優位性を検討するため、フェニル酢酸のモデル化合物として酢酸を使用し、様々な温度における平衡定数の値を計算しました(画像2)。

 

 

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画像2:化学反応の進みやすさを比較した計算の結果。図中の上に示された反応が水のみの場合の脱炭酸の反応、下に示された反応が金属酸化物も共存する場合のケトン生成反応を示しています。縦軸logK(平衡定数)の値がゼロを超えるとき、それぞれの反応が進行しやすいことを示しています。計算では、フェニル酢酸のモデル化合物として酢酸を使用しました。200℃を超える温度では、ケトン生成反応が起こりやすくなりますが、実験では、金属酸化物の存在がない場合にケトンは生成しませんでした。計算は、改良型Helgeson-Kirkham-Flowers(HKF)の状態方程式を用い、熱力学データとHKFパラメータを使用しました。Credit: Kristin Johnson-Finn, ELSI.

 

 

この計算から、200℃を超えるとケトン生成反応が起こりやすくなることが示されましたが、実験では、金属酸化物の存在がない場合はケトンの生成は起こりませんでした。

 

ケトン生成の要件は金属酸化物の存在です。実験に用いた金属酸化物であるマグネタイト(Fe3O4)、ヘマタイト(Fe2O3)、コランダム(Al2O3)、スピネル(MgAl2O4)のうち、スピネル型構造をもつマグネタイトとスピネルは、六方晶系の構造をもつヘマタイトとコランダムよりも多くのジベンジルケトンを生成することが示されました。

 

さらに結晶構造の特性評価を行いました。スピネル表面でのジベンジルケトン形成に関する3Dモデルを画像3に示しました。スピネルの存在下で反応がより有利に起こる理由について、研究グループは、アルミニウム原子が間にあるおかげで適切な距離が生まれ、そのことがジベンジルケトンを安定させ、水だけでは速度論的に不利な中間段階であるジベンジルケトンの生成を進めるのに役立っているという仮説をたてています。

 

 

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画像3:[010] 劈開面に沿ったスピネル表面でのジベンジルケトンの形成に関する3Dモデル図。研究グループは、アルミニウム原子が間にあるおかげで適切な距離が生まれ、そのことがジベンジルケトンを安定させ、水だけでは速度論的に不利な中間段階であるジベンジルケトンの生成を進めるのに役立っているという仮説をたてています。Credit: Kristin Johnson-Finn, ELSI.

 

 

 

本研究の成果は、地球だけでなく異なる地質環境についても適用可能です。深海の熱水条件下において、カルボン酸の時間の早い反応経路を示せたことで、地球外生命の可能性や、地球の生命がどのように誕生したのかという困難な問いの答えに大きく一歩近づくことができました。

 

掲載誌  ACS Earth and Space Chemistry 
論文タイトル  Kinetics and Mechanisms of Hydrothermal Ketonic Decarboxylation
著者  Kristin N. Johnson-Finna,b*, Ian R. Gouldb, Lynda B. Williamsc, Hilairy E. Hartnettb,c, Everett L. Shockb,c 
所属  (a) Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, JAPAN.
(b) School of Molecular Sciences, Arizona State University, Tempe, AZ, 85287, USA
(c) School of Earth & Space Exploration, Arizona State University, Tempe, AZ, 85287, USA
DOI  10.1021/acsearthspacechem.0c00189
出版日  20201027