地球生命研究所一般講演会2022は「地球深部からはるかな宇宙まで」と題し、 1月19日にオンラインで開催されました。当日はたくさんの方にご参加いただき、YouTubeチャットからも数多くのコメントや質問をお寄せいただきました。この時の質問と、「Ask A Scientist! 地球生命研究所 一般講演会 2022で科学者に質問しよう!」と題して事前にお送りいただいた質問にできるだけお答えできるよう、Q&A集を作成いたしました。ELSI一般講演会2022の講演者、廣瀬敬教授と関根康人教授の回答をぜひご覧ください。
なお、掲載にあたって質問に編集を加えている場合がございますのでご了承ください。また、質問の多くは講演中・講演後に寄せられたものであるため、講演動画をご視聴のうえでQ&A をご覧いただくことをお勧めいたします。
廣瀬敬教授:「金属コアから地球の起源を考える」はこちら
関根康人教授:「太陽系生命探査最前線」はこちら
講演要旨など、ELSI一般講演会2022に関する詳細はこちら
【回答者ご紹介】
廣瀬 敬(東京工業大学 地球生命研究所 所長・教授)
地球内部研究のエキスパート。2004年にマントル下部の厚さ数百キロメートルの層においてはマントル物質は「ポストペロブスカイト相」という結晶構造をとることを世界で初めて実験で示した。これにより、それまで地球内部で最も謎深いとされていたエリアの理解が飛躍的に前進した。
関根 康人(東京工業大学 地球生命研究所 副所長・教授)
地球生命研究所 主任研究者・教授。天体の大気や海洋の形成と進化や、太陽系での生命の存在の可能性を研究。2015年には土星衛星エンセラダスの表面を覆う氷の下に生命を育みうる熱水環境が現存することを明らかにした。
【質問と回答】
*AHは廣瀬先生の回答、ASは関根先生の回答です。
****** 廣瀬敬教授のQ&A ******
Q1. 惑星の生成条件次第では、水が多く、すべてが水没した惑星も想定されるのでしょうか?
AH. そのとおりです。太陽系外には水没しているだろうと思われる惑星が多数あります。
Q2. なぜ地球のコアについての実験をしようと思ったのですか?
AH. 地球の深いところには未解明の領域がまだまだあります。元々私はマントル深部の研究をしていましたが、より高い圧力を実験室で発生できるようになり、マントルの下のコアの研究を始めました。
Q3. 将来地球の表面の環境が悪化して人類が住めなくなった場合に、他の星ではなく、地球の地下深くに住むようになる可能性はあるのでしょうか?つまり、今後研究開発が進むことで、地球の地下が人間の居住空間として快適なものになる可能性はどれくらいあるのでしょうか?
AH. 地下は高温、酸素が少ないなどの問題があり、手塚治虫の描いたような世界を作るのはかなりコストがかかります。現在の環境を維持する努力を怠らないようにしたいものです。
Q4. 地球内部についての研究から、地球の遠い将来の変化についてわかることがあるでしょうか?
AH.それには火星の歴史を見るのが良いと思います。たとえば約40億年前に火星コアの対流が止まって火星の磁場がなくなり、それが原因で大気が剥ぎ取られ、海が蒸発しました。地球も同じような歴史をたどる可能性はありますが、この先10億年はかかる話です。
Q5. 実験が得意でない学生でも地球の研究はできますか?
AH. はい。実際に手を動かす実験だけではなく、理論的研究もあります。地球科学では、地球の観測・観察がとても大切です。
Q6. 地球のコアに水素が取り込まれるということですが、その分の酸素はどこに行ったと考えられますか?
AH. 水から水素だけが多少の酸素とともにコアに取りこまれ、残った酸素は金属鉄を酸化して酸化鉄にし、酸化鉄はマントルの成分になります。
Q7. 地球のコアの密度欠損の4割は水素とのことですが、残り6割はどの原子だと予想されていますか?
AH. 地球の液体コアは鉄に比べて8%も密度が小さく、原子番号の小さな軽い元素が大量に含まれているとされています。このうち4割が水素だとして、残りは硫黄(2割)、ケイ素、酸素(2つ合わせて3−4割)、炭素(0−1割)と考えています。
Q8. 地球のコアの密度欠損のうち4割が水素で残りの6割が硫黄・ケイ素・酸素・炭素であるとすると、6割の中に窒素が含まれていないのはなぜでしょうか?窒素が含まれている可能性は少ないのでしょうか?
AH. 窒素は特定の条件を満たさないと金属鉄と合金を作りません。そのため、コア中の重要な元素と考えられていません。一方で、コアに窒素がないとすると地球全体の窒素量が少な過ぎるという、未解明の問題も知られています。
Q9. 最深でも10km程度しか掘ることができず、人類はマントルに到達できていないと聞いていたのですが、200kmの深さまでマントルを掘削することはできるのでしょうか?
AH. 高温のマントルを掘削することは今の技術では不可能です。200kmの深さから上昇した特殊なマグマがダイヤモンドを地表へ運んできたのです。
Q10. 地球のコアが何で構成されているか解明されていないのに、なぜその密度を正確に求められるのでしょうか?どのように測定したのですか?
AH. 地震波速度から測定します。コアの密度は地震波速度を決める3つのパラメタの1つなのです。そのほかに、地球全体の質量や体積、慣性モーメントなどを満たすように精密な密度モデルをたてることで測定することができます。
Q11. マントルや地殻にかなりの量の鉄が残ったのはなぜでしょうか?
AH. 酸化鉄(酸素)はコアにあまり入らないためです。(Q6の回答を参照してください。)
Q12. 地球の月が生まれたとされる「ジャイアントインパクト」の際に、原始地球に衝突した天体由来の鉄以外の不純物がコアに混じった可能性はありますか?
AH. はい。たとえば水は水素となってコアに行ったはずです。「ジャイアントインパクト」の際に形成されたマグマの海の主成分であるケイ素や酸素もある程度コアに溶け込みました。
Q13. 水素はコアにどのような性質あるいは変化をもたらしたのでしょうか?
AH. 水素がコアに入ることで、コアの密度を大きく下げたほか、融解温度、地震波速度、熱伝導率、粘性など、多くの物性が変化します。
Q14. 地球内部について、コンピュータシミュレーション等を用いて解析することはできないのでしょうか?
AH. マントル対流のシミュレーションは盛んに行われています。液体コアの運動の再現(シミュレーション)はまだ不十分ですが、磁場の逆転のメカニズムなどについてはシミュレーションをつかって盛んに議論されています。
Q15.「地球と同様表面に水が豊富に存在する星はたくさんある」というお話ですが、地球は水がある特殊な天体ではないのでしょうか?
AH.「水が豊富に存在する星はたくさんある」というのは、太陽系外の話です。表面に水が存在できる条件下にあり、水を多量に持つ太陽系外惑星が知られています。
****** 関根康人教授のQ&A ******
Q16. 宇宙において生命があると言えるには、何が、またはどんなことがあればいいのですか?
AS. 太陽系の天体で生命を探すためには、これらの天体で生命を観察する技術が必要です。地球上の実験室で人間が行うような一連の分析を宇宙で行うことはまだ難しいので、そうした技術の革新が必要です。
Q17. 関根先生の定義する生命の要件とはなんですか?
AS. 一般的には、自己と外界との隔離、自己の維持、自己の複製の3要素が満たされていることです。個人がこう思うという定義ではなく、世界中の人々が納得できる生命の定義が必要です。
Q18. 近い将来、探査機が太陽系外の惑星にたどり着けるでしょうか?太陽系から外に出るのはまだまだ遠い未来なのでしょうか?
AS. すでにボイジャー探査機は太陽系の外に出ていますが、太陽系外の惑星にたどり着けるのははるか先の未来です。おそらく人類は存在していないでしょう。それくらい先の未来です。
Q19. 銀河系には地球に似ている惑星がいくつかあると言われていますが、それらの惑星の実態はわかっているのでしょうか?人間が住める環境、つまり酸素や水があるのでしょうか?
AS. 惑星の大気組成や水の有無など、実体はほとんどよくわかっていません。数少ない天体に関してはそういった情報もありますが、発見されている太陽系外の惑星の多くは惑星の重さと大きさ、中心の恒星からの距離程度の情報しか知られていません。
Q20. 探査機がウイルスを含めた広い意味での地球の生命を他の惑星に持ち込まないようにするために、どのような工夫や検証をしているのでしょうか?
AS. 清浄に保ったNASAなどの宇宙機関にある実験室で、探査機を紫外線や熱で可能な限り滅菌します。
Q21. 宇宙空間ではなく、地球の地下深くに人間とは異なった未発見の知的生命体が存在する可能性はありますか?
AS.「知的」の定義によりますが、人間のような生命はいないと思われます。知能をもった生物の高いレベルの生命活動を維持するには、地下で得られるエネルギーは小さすぎます。太陽光が必要です。
Q22. 地球上には、いわゆるDNAにより遺伝情報を伝達する生命しか見当たらないようですが、地球以外には別の方法をとる生命がいるでしょうか?なぜ地球ではDNAによる遺伝が支配的になったのでしょうか?RNAではコピーエラーが多いことやDNA方式を作り出した生命のしぶとさが関係しているのでしょうか?
AS. DNA以外で遺伝情報を伝達する生命はいるだろうと思います。なぜ地球でDNAが支配的なのかは不明です。おそらく、地球あるいは太陽系の環境がDNAのような分子の誕生に適した環境だったからだと思います。
Q23. 地球外生命体の存在についてどのように考えていますか?
AS. 地球外生命はどこかにはいるはずだと思います。ただし、それと交信したり、出会ったり、認識したりすることは簡単ではないと思います。生命はおそらくあまねく存在していますが、形も構成する分子も地球の生命の常識を超えたものを、我々がきちんと生命であると認識して”発見”できるということはとてもハードルが高いことです。
Q24. 東工大は火星探査とどのように関わっているのでしょうか?
AS. 東工大には、火星衛星探査計画MMXに主要研究者として参画している科学者がいます。たとえば、ELSIの玄田英典准教授は火星衛星の起源論の第一人者で、火星探査を企画段階からリードしています。
Q25. 現在熱水活動のあるエンセラダスでなく、メタンの海のあるタイタンに行くのはなぜですか?
AS. タイタンには太陽光があたる地表に液体があるからです。太陽光に駆動される物質の循環があり、メタンが蒸発して雲を作り、雨を降らせます。氷の大地に川が流れ海にそそぐ、といった地表を現在でも持っているのは太陽系ではタイタンと地球だけです。
Q26. 熱水噴出孔で生命が生きられるとのことですが、熱水噴出孔で生命が誕生した可能性はありますか?
AS. その可能性はあると思います。生命が生存できることと、誕生できることは、少し意味合いが違います。誕生するためには生命の部品となる多様な有機物が必要ですが、条件さえそろえば、熱水でそれらも生成することができるという研究もあります。
Q27. 有人探査が実現した場合は、どのように生命を探すのでしょうか?
AS. 生命を培養して生命活動を確認します。生命を培養するのはとても難しいことです。この地球でさえ、たとえば熱水噴出孔にいる微生物のなかで培養できるものは、ごくごく少数です。火星で生命を探すためには培養に試行錯誤が必要です。有人火星探査を行って、現地に作った基地で生物学者がそれを行うことが最も有望です。
Q28. 原始的な生命体が地球外から飛来して地球の生命となった可能性はありますか?
AS. その可能性はあると思います。かつては、地球と火星の間では頻繁に物質の交換が起きていました。小天体が地球や火星に衝突した際に地表の岩石が巻き上げられて、それが別の天体に到着するのです。
Q29. H2O以外の物質でも、液体であれば生命体誕生の要素になるのでしょうか?
AS. その可能性はあると思います。タイタンには液体のメタンやエタンが存在しています。その液体メタンやエタンに溶存している成分があることも探査でわかっており、そのような成分から何かしらの生命のようなものができるかもしれません。
Q30. 火星に発射台を作れるのであれば、分析装置も作れるのではないでしょうか?採取した物質をその場で解析してデータを送ることができれば結果が早くわかるのではと思いますが、分析装置を火星に作ることは発射台を作るよりも難しいのでしょうか?
AS. 岩石の分析、有機物の分析など、ある種の分析装置はすでに火星に運ばれています。ただし、実際に火星に人間が行かずにリモート操作で生命の培養や検出を行うのは難しいです。火星生命の姿や生息する条件もわかっていないので、多くの試料を入手して試行錯誤をくり返す必要があります。そのため、火星に人間が行くことには大きな価値があります。
****** 廣瀬教授と関根教授への共通の質問******
Q31. 地球深部の研究とアストロバイオロジーの研究というと地球のコアとそこから遥かに離れた宇宙という全く異なるイメージを持つ方が多いと思いますが、これらの研究に接点はあるのでしょうか?
AH. コアが対流運動することによる電磁誘導作用のため、地球には強い磁場があります。これがなくなると、火星のように地球の海も蒸発してしまうでしょう。もう1つ大事なことは、コアは「地球最古の地質記録」だということです。コアの化学組成は、地球に水や有機物がどのタイミングでどれだけ運ばれてきたかを理解するためにとても重要です。
AS. 広い視野で見れば、地球や生命の形成過程を知るために地球の内部や宇宙を研究するという点で接点があります。たとえば、地球の主要構成要素であるコアの成り立ちが分からなければ、地球そのものの成り立ちもわかりません。地球の成り立ちが分かれば、大気や海の成り立ちも同時にわかります。地球上で起きることは、コアの形成も生命の誕生も無関係であることはありません。
Q32. 惑星の環境変化と生命の誕生後の進化には、どのような関係がありますか?
AH. 生命は地球環境と互いに強く影響し合い、進化してきました。地球の大気中に酸素があることは生命活動の産物です。生物が光合成を開始したことが地球大気組成や環境を大きく変化させ、またその環境に適応するよう生物は進化してきました。
AS. 生命は惑星の環境から生まれる以上、深い関係があると思います。実際、地球生命は周辺の環境要因に対して、とても柔軟に対応する可塑性をもっています。しかし、生命と地球がどのような関係にあるのか、詳細についてはよくわかっていないので、それを研究しています。
Q33. 科学者になろうと思ったのはいつ頃ですか?
AH. 高校生の頃です。父親が数学者だったこともありますが、通っていた高校が基礎科学を志す校風を持っていた気がします。
AS. 中学生の頃です。その時期にTVや本の影響で科学者・研究者という職業があるということを知りました。
Q34. なぜ他のテーマでなく、現在の研究テーマを選んだのですか?
AH. 自分としてはとても自然な流れで、マントル最上部→マントル最下部→コア→地球の起源、とメインのテーマを変えてきました。まずは、「より地下深く」、最近は「より昔へ」という流れです。
AS. 研究テーマを何かから選んだという意識はありません。単純に自分がやりたいと思ったことをやっているだけで、なぜ今の研究をしているのかと言われれば、自分が面白いと思ったからというだけで、それ以上の理由はありません。
Q35. 尊敬する人、影響を受けた本などを教えて下さい。
AH. 尊敬する人格の人は周囲に多くいます。影響を受けたという意味では数学者だった父親だと思います。影響を受けた本は、都城秋穂教授の『科学革命とは何か』(岩波書店)などです。
AS. 惑星科学者の松井孝典教授から影響を受けたと思います。印象に残る本は、手塚治虫の『火の鳥』「未来編」・「鳳凰編」です。
Q36. 研究以外の時間はどのように過ごすのですか?趣味や特技はありますか?
AH. 日曜日の午後にバドミントンをする以外は、週末は家族と過ごしています。最近は子供も大きくなったので、時間がある時には家でも論文を書いています。論文を書くことも大きな楽しみです。趣味は論文書きと言えるかもしれません。
AS. 昔は音楽をしたり運動したりしていましたが、今はあまりそのような時間は作れていません。今は夜にひっそり日本酒を飲むのが楽しみです。
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質問をお寄せくださった皆様、ありがとうございました!