<プレスリリース>

  

ー40億年以上前から存在するタンパク質がアミノ酸の種類を変化させながら脈々と進化してきた可能性を示唆ー

 

【要点】

○初期地球に存在していたであろう10種類のアミノ酸だけから成る原始タンパク質とRNAとの相互作用について網羅的に検討

○実験及び分子動力学計算により、原始タンパク質は2価の金属イオン(Mgなど)を介してRNAと相互作用することを初めて証明

○現在の生命が持つ翻訳系に関わる巨大な分子が、40億年前からタンパク質-RNA相互作用を維持する形で進化・発展した可能性を示唆

 

 

 

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図1. 初期地球環境においてタンパク質とRNAが金属イオンによって橋渡しされる様子を現したイラスト Credit: Valerio Giacobelli

 

 

【概要】

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の藤島皓介准教授、カレル大学理学部・細胞生物学科のバレリオ・ジアコベッリ(Valerio G. Giacobelli)研究員、クララ・ホロウホワ(Klára Hlouchová准教授らの研究チームは、初期地球では、現在とは異なるメカニズムでタンパク質とRNA(用語1)が相互作用していたことを示す実験結果を見出し、生体内でタンパク質を合成する構造体であるリボソーム(用語2)形成に至るまでの分子進化に関する新たな仮説を提唱した。


タンパク質-RNA相互作用は、さまざまな生命現象の根幹を担っている機能である。中でも、RNAとタンパク質が組み合わさった構造体であるリボソームが、どのように形成されてきたのかは未だ解明されておらず、多くの研究者の関心を集めている。本研究では、初期地球に存在していたとされる10種類のアミノ酸のみを組み合わせたタンパク質を合成し、それらとRNAの結合性をmRNAディスプレイ法(用語3)によって網羅的に調査した。その結果、原始的なタンパク質は金属イオンを介してRNAとの相互作用を実現していた可能性が高いことを突き止めた。これはタンパク質がRNA結合能を維持しながら、アミノ酸の種類を徐々に増やしていくような進化の道筋がありえたことを意味する。


本研究成果は 2022 2 8 日(英国時間)、国際学術誌「Molecular Biology and Evolutionのオンライン版に掲載された。

 

●研究の経緯

本研究は藤島准教授とホロウホワ准教授らが共同で受賞した国際研究助成プログラムHFSPHuman Frontier Science Program)の若手研究グラントに関連した研究プロジェクトの一つの成果である。本プロジェクトでは最終普遍共通祖先(LUCA(用語4)以前の原始的なタンパク質の機能を実験的に検証することを目的としている。

 

●背景

RNA-タンパク質間相互作用は細胞内の翻訳系やRNAのプロセッシング、遺伝子発現調節など生命システムを維持する上で欠かせない機能に深く関わっており、その起源は最終普遍共通祖先よりもさらに前にさかのぼると言われている。中でも、DNA情報をもとにさまざまなタンパク質を合成する「リボソーム」という構造体は、それ自体がタンパク質とRNAが組み合わさってつくられている。このような複雑な構造体を生命がどのように獲得してきたのか、その過程は未だ解明されていないことも多く、研究者たちの強い関心を集めてきた。

 

例えば、現存するRNA-タンパク質相互作用のほとんどが塩基性アミノ酸や芳香族アミノ酸に依存しているが、初期地球においては、それらのアミノ酸を一切含まないタンパク質しか存在していなかったと考えられている。そのような状況で、どのようにRNAとの相互作用を達成していたのか、またどのように現在のリボソームなどの構造体に進化してきたのか、その分子機構や道筋はこれまで未解明だった。

 

●研究成果

今回の研究では、タンパク質合成に携わる巨大なRNA-タンパク質複合体のリボソームの中でも、全ての生物が普遍的に有しているリボソームタンパク質uL11C末端ドメイン(CL1169アミノ酸長)とrRNA(用語5)の相互作用に着目した。既存のuL11配列をもとに10種類のアミノ酸のみからなる100億パターンのC末端ドメインをつくり、それらの原始タンパク質のRNAと相互作用するものだけを選抜した(図2)。得られた原始タンパク質(CL11-E)は、野生型と遜色のない強さでRNAと相互作用することが確認できた。さらに分子動力学計算により、その相互作用の詳細を細かく調べたところ、お互いに負電荷を持つRNA側の糖-リン酸骨格とタンパク質側のグルタミン酸残基(Glu)を2価の金属イオン(Mg)が橋渡ししていることが示唆された(図3B)。現存するuL11は正電荷を持つ塩基性アミノ酸や芳香族アミノ酸が金属イオンを介さずに直接RNAの塩基やリン酸骨格と相互作用している(図3A)。すなわち、初期地球では現在とは異なる機構でタンパク質とRNAが構造体を成していた可能性が新たに示された。また、興味深いことにRNAがない状態だとタンパク質構造が不安定化することがわかり、RNAとタンパク質は支え合いながら双方の安定を保っていたことが考えられる。

 

以上の結果から、現存するリボソームなどの構造体は塩基性アミノ酸や芳香族アミノ酸が誕生してから形成され始めたのではなく、初期地球における原始的なタンパク質-RNA相互作用を維持したまま現在の20種類のアミノ酸を利用するタンパク質に段階的に進化してきた道筋がありえることを示すことができた。

 

 

 

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図2. CL11タンパク質とRNAとの相互作用及びライブラリ作成(論文中の図1) A) 既知のBacillus stearothermophilus由来リボソームタンパク質uL11のC末端ドメイン(CL11)とrRNAの結晶構造(PDB: 1HC8) B) 10種類のアミノ酸に限定したCL11原始タンパク質のモデル構造 C) CL11タンパク質配列におけるアミノ酸置換の導入部位(青)及び置換後のアミノ酸の種類(灰色)

 

 

 

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図3. 分子動力学計算によるCL11タンパク質-RNA相互作用の詳細(論文中の図5) A) 既存のrRNAとCL11が相互作用している領域。アルギニンという正電荷を有する塩基性アミノ酸が負電荷を持つRNAと静電的相互作用をしている。 B) 今回得られた原始的なCL11-Eは10種類のアミノ酸からなるため、塩基性アミノ酸や芳香族アミノ酸を一切含まない。しかしアルギニンが負電荷を有するグルタミン酸に置換されており、さらに陽イオンのマグネシウムが仲介することで相互作用が崩れることなく維持されている。

 

 

●今後の展開

本研究成果は、初期の負電荷のアミノ酸を有するタンパク質と RNAの相互作用が金属イオンを介して達成されていたことを初めて実験的に示した点で、画期的なものと言える。同時に、正電荷のアミノ酸がRNAとの相互作用に必須ではなく、タンパク質のアルファベットに後から加えられた進化の道筋の可能性を示唆している。今後はその進化の道筋の中途にあたるタンパク質の機能検証や、CL11-ERNAの結晶構造の解明、さらには別のRNA結合タンパク質を用いた仮説の更なる裏付けが期待される。

 

 

【用語説明】

1RNA:原始の地球から存在していたとされる生命にとって重要な核酸のポリマー。

2リボソーム:全ての生命に共通するRNAとタンパク質の巨大な複合体。mRNAの情報をもとにタンパク質の合成を行う。

3mRNAディスプレイ法:試験管内で機能を持つタンパク質などの分子を進化させる手法の一種。

4最終普遍共通祖先(LUCA:地球上のあらゆる生物の祖先。約3840億年前に存在していた生命。

5rRNAリボソームを構成するRNAribosomal RNArRNA)と呼ぶ。

 

 

【論文情報】

掲載誌:Molecular Biology and Evolution
論文タイトル:In Vitro Evolution Reveals Noncationic Protein-RNA Interaction Mediated by Metal Ions[TokyoTech2]
著者:Valerio G. Giacobelli, Kosuke Fujishima, Martin Lepšík, Vyacheslav Tretyachenko, Tereza Kadavá, Mikhail Makarov, Lucie Bednárová, Petr Novák, Klára Hlouchová
DOI:10.1093/molbev/msac032

 

 

【問い合わせ先】

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)
准教授 藤島皓介(ふじしま こうすけ)
Email: fuji@elsi.jp
TEL: 03-5734-3199

 

【取材申し込み先】
東京工業大学 地球生命研究所 広報室
Email: pr@elsi.jp
Tel: 03-5734-3163 Fax: 03-5734-3416