生物の体の中で働く多様なタンパク質の進化を知ることは、生命の起源に迫ることにつながります。ELSI の研究者らからなる研究グループは、これまで起源が不明であったβ-trefoilと呼ばれるタンパク質ファミリーの起源を探るために、全生物のタンパク質データベースとβ-trefoilの配列を比較しました。その結果、β-trefoilは、フランケンシュタイン氏が異なる死体のパーツから怪物を作ったように、起源の古い別のタンパク質の一部を再利用して作られていた、という驚くべき結論に到達しました。
タンパク質は、ほぼすべての細胞機能を仲介する重要な生体分子です。共通の祖先から進化したと考えられるタンパク質のグループを「タンパク質ファミリー」と呼び、現在、2,500種類以上のタンパク質ファミリーが知られています。生命の長い歴史の中で、新しいタンパク質ファミリーが次々と出現してきたことはわかっていますが、どのようにして新しいタンパク質ファミリーが生まれるのかは明らかになっていません。
東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のLiam Longoアフィリエイトサイエンティスト(研究当時・ELSI研究員)とShawn McGlynn准教授は、イスラエルのHaifa大学のRachel Kolodny教授と協力し、自然界で最も美しい形のひとつであるβ-trefoilの起源を探索しました。
β-trefoilは3つのループが120°回転させると重なり合う3回対称のエレガントな構造をしています(図1)。他のタンパク質ファミリーには見られないユニークな配列パターンをもつことから、β-trefoilファミリーは、突然変異によって新規に出現したと考えられていましたが、確かなことは分かっていませんでした。
研究グループは、β-trefoilの起源のヒントを得るために、何百万ものタンパク質配列との比較を行いました。ほとんどのタンパク質ファミリーはβ-trefoilとの類似性を示しませんでしたが、顕著な例外がありました。それが、免疫グロブリン様βサンドイッチタンパク質ファミリーです(図2)。
免疫グロブリン様βサンドイッチファミリーは地球上で生命が誕生した時期と同じくらいに出現したと考えらえている古いタンパク質ファミリーで、その起源は生命の共通祖先(LUCA)まで遡ることができます。今回の結果から、研究グループは、新たに出現したと思われた若いタンパク質であるβ-trefoilは、まるでフランケンシュタイン氏の作った怪物のように、古くから存在していた免疫グロブリン様βサンドイッチの部品を縫い合わして作られたのではないかという仮説を立てました。
このような「フランケンシュタイン的タンパク質」のアイデアは、そこまで突飛なものではありません。なぜなら、Kolodny教授のこれまでの研究によって、多くのタンパク質が他のファミリーから取り出した部品を含んでいることが明らかになっているからです。自然は、まったく新しいものを発明するよりも、手持ちの部品やパーツを再利用して新たな目的を与えることを好むのです。
今回の研究によって、あるタンパク質ファミリーの断片が、まったく異なる形をした新しいタンパク質ファミリーを生み出すことが示されました。β-trefoilは、その証拠となる特別なタンパク質なのです。
掲載誌 | PLOS Computational Biology |
論文タイトル | Evidence for the emergence of β-trefoils by ‘Peptide Budding’ from an IgG-like β-Sandwich |
著者 | Liam M. Longo1,2, Rachel Kolodny3, Shawn E. McGlynn1,2 |
所属 | 1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Japan 2. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, Washington, United States of America 3. Department of Computer Science, University of Haifa, Haifa, Israel |
DOI | 10.1371/journal.pcbi.1009833 |
出版日 | 2022年2月 14日 |