<プレスリリース>

 

-アンモニア含有鉱物を手がかりに太陽系形成史を解読-

 

 

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図1. 太陽系の小惑星帯のイメージ図 (Credit: NASA/JPL-Caltech)

 

 

【要点】
○日本の赤外線天文衛星「あかり」による観測と理論計算から、小惑星帯の天体の誕生時の化学組成と環境を推測
○多数の小惑星が土星軌道以遠に相当する極寒の環境で誕生したことを示唆
○小惑星リュウグウ試料の分析による、さらなる証拠の発見に期待

 

 

【概要】
東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)の黒川宏之特任助教、海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門 超先鋭研究プログラムの渋谷岳造主任研究員、カリフォルニア工科大学 地質学・惑星科学専攻のエルマン・ベサニー(Bethany L.Ehlmann)教授、神戸大学大学院 理学研究科 惑星科学研究センター 臼井文彦特命助教(研究当時。現、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所 宇宙科学プログラム室 主任研究開発員)らの研究チームは、太陽系の小惑星帯(用語1)の観測と理論計算を組み合わせることで、太陽から遠く離れた極寒の環境で誕生した天体が小惑星帯に数多く存在していることを突き止めた。

 

小惑星リュウグウ(用語2)に代表されるC 型小惑星(用語3)は地球の水や有機物の起源と考えられている。研究チームはまず、赤外線天文衛星「あかり」(用語4)の取得したデータを解析することで、観測された小惑星帯のC 型小惑星の約半数の表面にアンモニアを含む層状珪酸塩鉱物(用語5)が存在することを発見した。次に、理論計算によって、小惑星がアンモニアの氷とドライアイスを含む条件下で誕生した場合にのみ、発見された鉱物が生じることを突き止めた。これらの物質は現在の太陽系では土星軌道以遠の環境に相当する極寒の環境でのみ安定であることから、小惑星は小惑星帯からはるか遠方で誕生した後に9 億km にも及ぶ大移動をしてきたことを示唆している。

 

本研究成果は2022 年1 月26 日(米国時間)、国際学術誌「AGU Advances」のオンライン版に掲載された。

 

 

●背景
太陽の周りを公転する天体は、地球や火星といった「惑星」や、よりサイズが小さな「太陽系小天体」などに分類される。太陽系小天体のうち、ガスや塵を放出する活動性が見られるものは「彗星」と呼ばれ、活動性が見られないものが、本研究で対象としている「小惑星」である。小惑星は惑星が形成された初期太陽系の残存物であり、太陽系の歴史を記録するものとして着目されてきた。特に、火星と木星の間に存在する小惑星帯を対象に、さまざまな研究が行われてきた(図1)。

 

小惑星の中で「C 型小惑星」と呼ばれるものは、水や有機物を含む隕石(炭素質コンドライト隕石)に近い組成を持つとされ、地球の大気や海、生命の材料物質の起源と考えられている。そのため、C 型小惑星がどこで、どのように誕生したのかについては多くの研究者の注目を集める研究課題となっている。

 

本研究で着目したアンモニアを含む層状珪酸塩鉱物は炭素質コンドライト隕石の中ではこれまで発見されておらず、小惑星帯のC 型小惑星においてもその存在が確実視されていたのは探査機が訪れて直接確認したケレス(1 Ceres)1 例のみであった(ケレスは現在の分類では「準惑星」とされている)。

 

本研究では、小惑星帯におけるアンモニアを含む層状珪酸塩鉱物の存在をさらに追求するため、赤外線天文衛星「あかり」の取得データの詳細解析を行った。さらに、アンモニアを含む層状珪酸塩鉱物の形成条件を明らかにすべく理論計算を実施し、その結果をもとに小惑星誕生過程の検討を行った。

 

 

●研究成果
本研究における大きな成果は、C 型小惑星の多くがアンモニアの氷とドライアイスを含んだ姿で誕生したことを突き止めたことである。これらの物質は現在の太陽系では土星軌道(小惑星帯から約9 億km 離れた位置)以遠に相当する、マイナス190℃以下の極寒の環境でのみ安定である。すなわち、C 型小惑星が太陽から遠く離れた場所で誕生した後に、木星や土星といった巨大惑星の重力の影響によって現在の小惑星帯まで大移動をしてきたことを示唆している。

 

この結果は、下記の2 つの研究アプローチによって導かれたものである。

 

【① 赤外線天文衛星「あかり」の分光データ解析】
研究チームはまず、日本の赤外線天文衛星「あかり」が過去に取得した66 の小惑星の分光データから、データの信頼性等を踏まえながらC 型小惑星19 天体と、C 型小惑星より始原的と考えられるD 型小惑星2 天体、合計21 天体の小惑星のデータを抜粋して、それらを詳細に解析した。その結果、解析を行なった小惑星の約半数の天体において、その表面にアンモニアを含む層状珪酸塩鉱物の存在が確認された(図2)。地球上に設置された望遠鏡等による既存の観測では地球大気の影響を大きく受け、正確な赤外線分光データを得ることができなかった。したがって、今回捉えられたアンモニアを含む層状珪酸塩鉱物のシグナルは宇宙空間からの観測が可能になったことで初めて見出されたものと言える。

 

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図2. (a) アンモニアを含む層状珪酸塩の存在を示す3.1μm 吸収深さ(横軸)。黒:「あかり」が観測した小惑星。橙:C 型小惑星に由来する隕石。青:アンモニア氷を含む初期組成についての理論計算結果(数字は水と岩石の比率で図3b の横軸に対応)。(b) 黒:3.1μm 吸収を示す小惑星の反射率。青:理論計算で得られたアンモニア含有層状珪酸塩を含む鉱物組み合わせの反射率。紫:理論計算で得られた水氷に覆われた小惑星の反射率。 (Credit: Kurokawa et al. 2022 AGU Advances から改変)

 

 

【② 理論計算によるアンモニア含有鉱物形成条件の検討】
研究チームは次に、アンモニアを含む層状珪酸塩鉱物がどのような環境で形成されるのかを調べるため、小惑星の内部における水と岩石の化学反応の理論計算(シミュレーション)を行った。小惑星を構成する水と岩石の割合や温度、圧力といった条件を変えながら検討を進めた結果、小惑星がアンモニアの氷とドライアイスを含んで誕生した場合にのみ、発見された鉱物が生じることを突き止めた(図3)。さらに、水が豊富な外層と岩石を主成分とする内核に分化した小惑星の、外層部分においてのみアンモニアを含む層状珪酸塩鉱物が形成されることもわかった(図4)。

 

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図3. 水と岩石の化学反応の理論計算で得られた鉱物組成。(a) 初期組成が水と岩石のみの場合。(b) 水にアンモニアの氷とドライアイスを含む場合。(Credit: Kurokawa et al. 2022 AGU Advances から改変)

 

 

アンモニアの氷とドライアイスは、現在の太陽系では土星軌道以遠に相当する極寒の環境でのみ安定な物質であるため、この結果はC 型小惑星が誕生した後に現在の小惑星帯まで大移動をしてきたことを示唆している。また,隕石は天体衝突によって小惑星が破壊された破片が地球に飛来したものであるが、氷に富んだ外層の物質は隕石として地上に到達することなく四散してしまうため、アンモニアを含む層状珪酸塩鉱物は隕石から発見されないのだろうと研究チームは結論づけている(図4)。

 

 

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図4. 本研究から導かれたC 型小惑星の形成進化史。(Credit: Kurokawa et al. 2022 AGU Advances から改変)

 

 

●今後の展開
2020 年12 月に日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が地球近傍のC 型小惑星リュウグウの試料を地球に持ち帰った。現在、世界中でその試料の分析が進んでおり、続々とその成果が公開されている。また、米国の小惑星探査機「オシリス・レックス」(OSIRIS-REx)も同じく水や有機物を豊富に含んでいると思われる小惑星ベンヌ(101955 Bennu)の試料を2023 年に持ち帰る予定である。研究チームは、これらの小惑星の試料において、アンモニアを含む塩や鉱物が発見された場合、本研究の結論を裏付けるものとなると期待している。

 

現時点では試料を持ち帰ることのできる小惑星は地球近傍の天体に限られるが、このような小惑星探査と、本研究のような小惑星帯の網羅的な研究とは相補的な意味があり、両者を組み合わせることで太陽系に関する研究がさらに進展する。本研究でアンモニアを含む層状珪酸塩鉱物の存在が明らかとなった小惑星帯
の天体は、そうした将来の太陽系探査の有望な候補となる。

 

 

 

【用語説明】
(1) 小惑星帯:火星と木星の公転軌道の間に存在する、小惑星が多数存在する領域。現在までに100 万個以上の小惑星が発見されている。
(2) 小惑星リュウグウ:地球に近い軌道を公転するC 型小惑星の1つ(162173 Ryugu)。小惑星探査機「はやぶさ2」が探査し、その試料を持ち帰った。
(3) C 型小惑星:分光観測にもとづく小惑星の分類の1 つ。水や有機物を含むと考えられている。
(4) 赤外線天文衛星「あかり」:JAXA が中心となり推進された赤外線天文衛星。2006 年2 月打ち上げ、2011 年11 月に運用を終了した。
(5) 層状珪酸塩鉱物:層状構造を持つ珪酸塩鉱物で、層間に水やアンモニアなどを含むことができる。

 

 

【論文情報】
掲載誌:AGU Advances
論文タイトル:Distant formation and differentiation of outer main beltasteroids and carbonaceous chondrite parent bodies
著者:Hiroyuki Kurokawa, Takazo Shibuya, Yasuhito Sekine, Behtany L.Ehlmann, Fumihiko Usui, Sekiko Kikuchi, Masahiro Yoda
DOI:10.1029/2021AV000568

 

 

【問い合わせ先】
東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)
特任助教 黒川宏之(くろかわ ひろゆき)
Email: hiro.kurokawa@elsi.jp
TEL: 03-5734-2854



【取材申し込み先】
東京工業大学 地球生命研究所 広報室
Email: pr@elsi.jp
Tel: 03-5734-3163 Fax: 03-5734-3416