種分化は、新しい生物種が形成される進化の過程です。種の定義を含めた種分化の多くの側面に関してはさまざまに議論されており、特に、生命の歴史のどの時点で種分化が起こったかという問題は未解決です。東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の研究グループは、新たに発表したレビュー論文の中で生命の起源に先行する形での種分化のプロセスについて考察しました。
現代の生物は、自然環境に孤立するのではなく、コロニーを形成して生息する傾向があります。これらのコロニーは、単一の種類の生物だけで構成されることはほとんどなく、そこにはさまざまな種類の生物が混在しています。最近の研究では、地球上の生物種の数は約870万種(標準誤差±130万種)も存在すると推定されています[1]。一般的には、生命は最初の細胞を作る単一のシステムから生じて、後に多様化し複雑化していったと考えられる傾向がありますが、単一の起源から発展したとすれば、初期の変化の大きい地球環境には対応できても、安定した生物コロニーを生成する可能性は低いはずです。
ELSIのTony Z. Jia特任助教、Melina Caudan技術支援員(研究当時)、Irena Mamajanov特任教授は、生命の誕生前(プレバイオティクス)の化学進化の文脈において、プレバイオティクス種(生命の起源に先行する種)を、類似した構成と特性をもつ区切られた化学システムとして定義することを提案しました。プレバイオティクス種は、物理的な境界を持っている場合と持っていない場合の両方が考えられますが、独立した存在として識別される必要があります。そのためこの種は、相応の種類の化合物で構成され、溶解性や束一性(*)といった同様の反応性と物理化学的特性を備えています。
プレバイオティック・ケミストリーの文献には、化学システムを特定した複数の例が掲載されていますが、種分化のプレバイオティクス・メカニズムとして最も想像しやすいのは、明確に識別可能な境界を持つ区画構造によって促されるメカニズムです。生命の起源の研究において、よく研究されているのは膜系や小胞やコアセルベートです。さらに、油滴やミセル、鉱物表面などのシステムも含まれます。複数の種類の単純な分子が溶解したプレバイオティック・スープを想像してみてください。その想像にあらゆる種類のコンパートメントをいくつか加え、スープの中の分子の分類を行ってみましょう。分類する方法はいくつかあります。例えば区画構造は特定のタイプの分子のみを受け入れる選択性を持つことができます。選別ステップは、異なる化学プロセスをサポートし、大きく異なる組成のシステムに進化します。その結果、区別できる異なるプレバイオティクス種ができあがります。
または、区画構造にプレバイオティック・スープをランダムに詰めることもできます。さまざまな区画は、その中の内部の化学的性質に影響を与え、大きく異なる組成のシステムに発展します。これらの選別方法は、区画を起点としたプレバイオティクスの種分化メカニズムを広く説明しています。
プレバイオティクスの種分化の研究は、古生物学や環境のメタゲノム研究などの観察研究に頼ることはできません。生命誕生以前の地球のサンプリングは不可能で、同時にプレバイオティックな化学プロセスに要する時間は博士課程やポスドクの平均的な研究期間を大幅に超えています。そのため、プレバイオティックな化学実験を概念化する必要があります。例えばマイクロ流路を用いた液滴の実験系は、生命誕生前の地球を正確に模倣することはできませんが、区画化が駆動する種分化を研究するには有効です。
複数のプレバイオティクス種が存在すれば、さまざまな資源を利用でき、互換性のある相互作用を通じて各種の安定性を高める可能性があり、大災害後の生存の可能性も高くなります。引き続き生命の誕生前の種分化に関する詳細な研究が必要とされるテーマであるといえるでしょう。
*束一性……溶質の種類に依存しない溶液の性質(蒸気圧効果、沸点上昇、凝固点効果、浸透圧など)のこと。
[1] Mora, C.; Tittensor, D.P.; Adl, S.; Simpson, A.G.B.; Worm, B. How Many Species are There on Earth and in the Ocean?PLoS Biol.2011,9, e1001127.
掲載誌 | Life |
論文タイトル | Origin of Species before Origin of Life: The Role of Speciation in Chemical Evolution |
著者 | Tony Z. Jia1,2,*, Melina Caudan1, Irena Mamajanov1,* |
所属 | 1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan; melina.caudan@elsi.jp 2. Blue Marble Space Institute of Science, 1001 4th Ave., Suite 3201, Seattle, WA 98154, USA |
DOI | 10.3390/life11020154 |
出版日 | 2021年2月17日 |