太陽系で地球外生命体を探索する試みが本格的に進められています。質量分析法は、探査機が収集したサンプルを分析するための主要な技術のひとつです。ELSIを中心とする日米共同チームによる新たな研究では、質量分析法と機械学習を用いて、複雑な有機混合物が生物由来か非生物由来かを見極める技術を開発しました。
質量分析法は、太陽系の惑星に存在する化合物を探査するための重要な技術のひとつです。質量分析を行うと、サンプルに含まれる数多くの化合物を同時に測定でき、サンプルの組成を示す「指紋」を得ることができます。しかし、その「指紋」からでは、サンプルが生物由来か非生物由来かを区別するのが難しいという課題がありました。
東京工業大学地球生命研究所 (ELSI) と米国の国立強磁場研究所 (The National High Magnetic Field Laboratory) の研究者たちは、実験と機械学習を組み合わせた計算手法を用いて、この問題に取り組みました。まず、超高分解能の質量分析装置(フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析装置:FT-ICR MS)を用いて複雑な有機混合物の質量スペクトルを測定しました。測定に用いたサンプルの例の一部を以下に挙げます。
・隕石中の有機混合物(約45億年前に非生物学的に生成された有機化合物のサンプル)
・実験室で培養された微生物(現代の生物としての基準をすべて満たしており、ELSIの共同研究者である望月智弘特任助教が分離・培養した新規の微生物も含まれる)
・未処理の石油(地球上で大昔に生きていた生物に由来するため、既知の生物の「指紋」が地質学的な時間の経過とともにどのように変化するかの例となる)
これらのサンプルには、それぞれ数万個の異なる有機化合物が含まれています。質量分析を行うことで、比較や分類を行うための大量のスペクトルのデータセットを得ることができました。
これらのデータを集約し、広範なシグナルの統計と分布を調べた結果、生き物、石油、非生物由来のサンプルなどの複雑な有機物の混合物は、それぞれまったく異なる「指紋」を示すことがわかりました。さらに生データをコンピュータの機械学習アルゴリズムに入力したところ、このアルゴリズムは95%の精度で、サンプルが生物か非生物かを正確に分類することができました。このような正確な分類ができる仕組みはまだわかっていませんが、自分自身のコピーを作るという、非生命には存在しない生物ならではのプロセスが関係しているのではないかと研究チームは考えています。
本研究では、生データを大幅に単純化した上でサンプル分析を行い、生命体の有無を検知することができました。このことは、惑星の調査において大きな利点となります。質量分析装置を宇宙船に搭載して惑星の上でサンプルを分析することは現在も行われていますが、搭載できる機器の重量や電力に制限があり、使用可能な機器は低解像度のものに限られています。しかしながら、本研究で得られた手法を用いれば、低出力の機器でも、生命体の検出に十分な解像度のデータを得ることができると考えられます。
本成果は、高精度の質量測定を行わなくても、サンプルを識別するために使用できる重要な情報がピーク分布にあることを示しています。複雑なプレバイオティック化学を理解するためには、個々の分子の有無だけではなく、その混合物が生まれたり発展したりするプロセスの情報が必要です。その情報を含んだシグナルパターンを人間が検出するのは難しいため、機械学習の活用は有効な手段です。このような複雑なシステムの関係性を分析することは、太陽系内での生命探査だけでなく生命の起源を再現する実験においても幅広いメリットをもたらす可能性があります。研究チームは、これらのデータ解析のどのような側面が生命体の分類を成功させるのかを正確に理解するために、さらなる研究を進める予定です。
掲載誌 | Life |
論文タイトル | Classification of the Biogenicity of Complex Organic Mixtures for the Detection of Extraterrestrial Life |
著者 | Nicholas Guttenberg1,2,3, Huan Chen4, Tomohiro Mochizuki1, H. James Cleaves II1,5,6,* |
所属 | 1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Ookayama, Tokyo 152-8550, Japan 2. Cross Labs, Cross Compass Ltd., 2-9-11-9F Shinkawa, Chuo-ku, Tokyo 104-0033, Japan 3. GoodAI, Na Petynce 213/23b, 169 00 Prague, Czech Republic 4. National High Magnetic Field Laboratory, Florida State University, 1800 East Paul Dirac Drive, Tallahassee, FL 32310-4005, USA 5. Institute for Advanced Study, 1 Einstein Drive, Princeton, NJ 08540, USA 6. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, WA 98104, USA |
DOI | 10.3390/life11030234 |
出版日 | 2021年3月12日 |