-液相分離は、プロトセル(=原始的なコンパートメント)を生成するプロセスの1つであり、初期の地球を知る上で重要なだけでなく、バイオテクノロジー、合成生物学、工学など、現代の様々な応用科学にも適用できる重要な現象です。東京工業大学地球生命研究所 (ELSI) の研究員らは、生命の起源にも関連している可能性のある液-液相分離現象を利用した、工学および応用科学に関連するさまざまな最新のシステムを紹介する総説論文を発表しました。

 

 

 

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図1. 1960年代にBahadurによって最初に合成されたJeewanu粒子は、光化学的に形成された、自立した非生物起源の原始細胞様の超分子集合体です。図はGuptaVKおよびRaiR K の許可を得て転載しました。Credit: Int. J. Life Sci. 6(4):877–884 (Gupta and Rai 2018) under a Creative Commons License.

 

 

おそらく地球上の生命の起源は、何十億年前に地質学的に形成された多様な化学物質で混み合ったスープから始まりました。これらの化学物質は時間が経つにつれて反応が始まり、最終的には機能を持った分子となり、のちに現在の細胞に進化する単純な原始的コンパートメントであるプロトセルを生み出したと考えられています。これらの原始的なコンパートメントのいくつかは、現在の細胞で見られるものと同様に、脂質二重層で構成されていたものもあったかもしれませんが、原始的なコンパートメントが形成されたプロセスは他にも存在した可能性があります。そのようなプロセスの1つが液-液相分離です。液-液相分離は膜のないコンパートメントを形成するプロセスであり、このコンパートメントがプレバイオティック段階の様々な機能を果たすことで、最終的には現在の細胞の出現につながった可能性があります。実際、液-液相分離によって生成された膜のないオルガネラは、ほとんどすべての細胞に存在しており、生命が誕生した早い段階から普遍的に存在していた可能性があります。

 

さらに、液-液相分離は単に原始的な化学反応や細胞内構造だけでなく、現代の応用科学においても重要な現象です。ELSIの研究者らからなる研究グループは、それぞれの専門分野を生かし、液-液相分離現象が、原始の地球の基礎科学研究だけでなく、バイオテクノロジー、合成生物学、環境工学、食品科学など、現代の応用科学に適用可能であることを総説論文にまとめ、『Journal of Biosciences』に発表しました。

 

 

 

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図2. 顕微鏡で見た液-液相分離。Credit: Tony Z. Jia, ELSI.

 

 

 

ELSITony Z. Jia特任助教とIrena Mamajanov特任教授は、プレバイオティク・ケミストリーと生命の起源についての豊富な研究経験をもとに、OparinHaldaneによって提案された最初の膜を持たない集合体であるコアセルベートFoxによって研究されたミクロスフィア、およびBahadurによって見出されたJeewanu粒子(Jeewanuはサンスクリット語で「生命の粒子」を意味する言葉)など、過去100年の間に研究された様々なプレバイオティクスに関連するコンパートメントシステムに焦点を当て、歴史的な概説を行いました。さらに、原始的な液-液相分離の文脈で研究全体を組み立てる方法として、プレバイオティクスにおける「ありえた」液-液相分離コンパートメントシステムについて議論しました。

 

さらに、Jia特任助教は、液-液相分離システム(水性二相系、コアセルベート、ポリエステル微小液滴など)と生体分子の間の生体分子相互作用を研究した経験をもとに、現代のバイオテクノロジーのアプリケーションで液-液相分離がどのように利用できるかを説明しました。これには、生体分子の精製と抽出、およびドラッグデリバリーにおける液-液相分離の使用法に関する議論が含まれています。

 

また、東京工業大学科学技術創成研究院の丹羽達也助教は、合成生物学に応用できうる液-液相分離に関する議論についての協力を行いました。丹羽は、合成生物学、特に人工細胞研究に関する豊富な経験をもとに、液-液相分離システムや人工細胞システムに深く関連する生物学的プロセスについての議論を追加しました。

 

国立中央大学(台湾)のPo-Hsiang Wang准教授(研究当時ELSI研究員で現在ELSIアフィリエイトサイエンティスト)は、環境工学の研究経験をもとに、液-液相分離が汚染および廃棄物管理システムの設計にどのように利用されているかを議論しました。最後に、Mamajanov特任教授は、分析化学の経験と食品科学への関心から、食品業界で、フレーバーや栄養素のテクスチャ化やカプセル化およびデリバリーなどの様々な効果のために液-液相分離が使用されていることを論じました。

 

研究グループは、生命の起源およびプレバイオティック・ケミストリー分野で液-液相分離の研究を行っている研究者と、工学や応用科学の文脈で液-液相分離を研究している研究者との共同研究が今後さらに進んでいき、双方の分野が大きく発展していくことを期待しています。

 

 

 

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図3. Indian Academy of Sciences, Bangalore)とIndian Institute of Science Education and Research (IISER), Puneが主催し、2021年4月に開催された「Phase Separation in the Nucleus (PSINU) 2021会議」のポスター。本論文は、PSINUの招待論文として作成されました。Jia特任助教はPSINUのスピーカーを務めました。Credit: PSINU 2021 meeting organisers

 

 

 

 

掲載誌 Journal of Biosciences 
論文タイトル  Connecting primitive phase separation to biotechnology, synthetic biology, and engineering 
著者  Tony Z Jia1,2*, Po-Hsiang Wang1,3, Tatsuya Niwa4, Irena Mamajanov1 
所属  1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan
2. Blue Marble Space Institute of Science, 1001 4th Ave., Suite 3201, Seattle, Washington 98154, USA
3. Graduate Institute of Environmental Engineering, National Central University, Zhongli Dist, 300 Zhongda Rd, Taoyuan City 32001, Taiwan
4. Cell Biology Center, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology, Nagatsuta-cho 4259, Midori-ku, Yokohama 226-8503, Japan 
DOI  10.1007/s12038-021-00204-z
出版日  202186