ロスマンフォールド型触媒ドメインをもつ酵素とPループ領域をもつ酵素は、すべての生物の最終共通祖先(Last Universal Common Ancestor : LUCA)が誕生するよりも前に存在していたことが知られています。東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のLiam M. Longo研究員らの研究グループは、これらの2つの古い酵素ファミリーが全く同じペプチドから進化した可能性があることを明らかにしました。この発見は生物の生命活動に欠かせない多様なタンパク質が、単純で原始的なペプチドからどのように進化していったかを知るための、重要な手がかりになります。

 

タンパク質は、ほぼすべての細胞プロセスを仲介する「細胞の働き者」であり、生物の生命活動は多様な構造をもつタンパク質に支えられています。タンパク質はアミノ酸が多数連結してできた高分子化合物ですが、もともとは単純な構造だったものが複雑に進化して今の形になったと考えられています。そのため、アミノ酸配列を比較すれば、2つのタンパク質が進化的にどのような関係性にあるのかを知ることができます。

 

アミノ酸配列に類似性があるタンパク質のグループを「ファミリー」と呼び、これまで何千ものタンパク質ファミリーが発見されています。なかでも「ロスマン」や「Pループ」と名付けられた酵素ファミリーは、生物学的に重要なグループです。これら2つの酵素ファミリーは、エネルギー豊富な分子の生成を助け、難しい化学反応を触媒することで、細胞代謝を支えています。また、ロスマンとPループはこれまで知られているすべての生物に存在するため、その起源は、生命の最終共通祖先、すなわち約40億年前の細胞にまで遡ることができます。

 

標準的な配列分析アプローチの研究結果から、ロスマンとPループは互いに独立しており、それぞれ独自の進化をしてきたと考えられてきました。しかしながら、ELSILiam Longo研究員とワイツマン科学研究所のDan Tawfik教授が主導した研究結果は、2つのファミリーが独自の進化を遂げたという考えに疑問を投げかけています。研究グループは、両方の酵素それぞれの重要な機能を担う箇所が類似していることを明らかにし、ロスマンとPループが同じ原始ペプチドから出現して進化した、遠い親戚である可能性を示しました。

 

ロスマンとPループのような非常に古い関係の場合、配列の類似性は完全に失われている可能性があります。そのため、共有している祖先を見つけるためには、標準的な配列分析に代わる方法を開発する必要がありました。研究グループは「架け橋タンパク質」に注目しました。架け橋タンパク質は、あるファミリーの特徴が別のファミリーのコンテキストで出現した場合に発生します。具体的には、ロスマン酵素に、Pループ酵素と予想外に類似した配列または構造が含まれている場合、または逆にPループ酵素に、ロスマン酵素と予想外に類似した配列や構造が含まれている場合です。架け橋タンパク質の存在は、両者の間に遠い進化的関係があることを示します。特に架け橋となる部位が、酵素のもっとも古い部分であり重要な機能部位に局在している場合に、進化的関係がある可能性は高まります。

 

研究グループのハイファ大学のRachel Kolodny研究員とテルアビブ大学のNir Bel-Tal教授によって開発された高度な配列比較アルゴリズムを用い、既知の酵素の構造の詳細分析を行うことで、ロスマンとPループに共通する配列フラグメントや構造の特徴を明らかにすることができました。

 

架け橋タンパク質として見つかった一例は、真核細胞の細胞骨格構築に欠かせないタンパク質であるチューブリンです。チューブリンはすべての生物に存在するロスマンタンパク質です。また、化学反応を触媒するためのPループに似た構造をもっています。この構造はロスマンが機能を発揮する主要な部位「β2-Asp」を転用したものです。したがって、チューブリンは、ロスマンファミリーとPループファミリーの一種の中間体に相当します。

 

 

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図1:Pループとロスマンの間の架け橋タンパク質としてのチューブリン。Pループ(左)とロスマン(右)は、酵素として主要な働きをする配列を示しています。チューブリン(中央)の触媒作用は、高度に保存されたβ2-ASP(緑色部分)を転用して行われるが、ほとんどのロスマンでは触媒作用がありません。結果的に、チューブリンの触媒部位はPループタンパク質の部位に似ています。
 

 

架け橋部位をもつことがわかったタンパク質について、類似性のある領域は共通していました。それは酵素の機能の中核を形成するβループ–αフラグメント構造配列です。この結果は、ロスマンとPループの両方が関連している可能性があり、両方の酵素がLUCAの誕生以前に存在していた単一の単純なペプチドから出現したことを意味します。

 

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図2:ロスマン酵素とPループ酵素の新しい系統樹。これらの2つのタンパク質ファミリー間にある複数の架け橋タンパク質を同定できたことは、触媒部位の重要な配列が単一のペプチドから現れた可能性を示しています。
 

 

自然界で最も重要な酵素であるロスマンとPループが単一のペプチドから出現した可能性を示す本研究の結果は、複雑な現代の生物学が進化によってどのように達成されたかを説明するための重要な手がかりになります。機能性ペプチドを修繕し、再利用し、その上に新たなものを築き上げることで、生命は夜明けを迎えました。1つの単純な断片は、固有の特性をもつ何千もの酵素を生み出すことができるのです。ダーウィンは、著作の中に、現代の生物の「驚くべき」複雑さは「とても単純な始まり」から現れたと書いています。これはタンパク質についても当てはまります。驚くべき複雑さをもつ現代のタンパク質も、始まりは非常に単純だったと研究グループは考えています。少なくとも、ロスマンとPループに関しては、βループ−αフラグメント構造から始まった可能性がこの研究で示されました。

 

掲載誌  eLife 
論文タイトル  On the emergence of P-Loop NTPase and Rossmann enzymes from a Beta-Alpha-Beta ancestral fragment 
著者  Liam M Longoa,b,c, Jagoda Jabłońskaa, Pratik Vyasa, Manil Kanadea, Rachel Kolodnyd*, Nir Ben-Tald*, Dan S Tawfika* 
所属  a. Weizmann Institute of Science, Department of Biomolecular Sciences, Rehovot, Israel
b. Tokyo Institute of Technology, Earth-Life Science Institute, Tokyo, Japanc.
c. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, United States
d. University of Haifa, Department of Computer Science, Haifa, Israele.
e. Tel Aviv University, George S. Wise Faculty of Life Sciences, Department of Biochemistry and Molecular Biology, Tel Aviv, Israel
DOI 10.7554/eLife.64415
出版日  2020年12月9日