生命は細胞で構成されていますが、細胞がどのようにして誕生したかは科学者たちの間で長年の疑問でした。ELSIの研究者を中心とする研究グループは、微小液滴の形成実験を行うことで、原始地球上に多く存在していた化学物質から細胞に似た構造体を作り出せることを明らかにしました。この成果は、初期の原始生物の進化や生命の起源を研究するための大きな手がかりになります。

 

 

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図1. ポリエステルの合成から微小液滴を生成する方法。液体のαヒドロキシ酸モノマーライブラリーを加熱乾燥させると、ゲル状のポリエステルポリマーが合成されます。その後、このゲルを再水和させると、相分離が起こり、濁りのある溶液が形成されます。この濁った溶液をさらに顕微鏡で分析すると、膜のないポリエステル微小液滴が存在することがわかり、これは初期の地球に関連するコンパートメントとして提案されています。Credit:Tony Z. Jia

 

 

単細胞のバクテリアから、何十億、何兆もの細胞を含む人間のような複雑な生物まで、現代のすべての生命は細胞で構成されていますが、原始地球で複雑な細胞がどのように誕生したのかはいまだにわかっていません。東京工業大学地球生命研究所 (ELSI) Tony Z. Jia特任助教をはじめとする世界各国(日本、マレーシア、フランス、チェコ、インド、米国)の研究者らは、原始の地球上で広く存在していたと考えられる単純な化学物質(α-ヒドロキシ酸)が、溶液から乾燥させると自然に結合し、現代の細胞を思わせる構造体を形成することを明らかにしました(図1)。古代の浜辺や水たまりで同様なことが起こり、このような構造が生まれたのだとしたら、本研究は初期の原始生物の進化や生命の起源を研究するための新たな手段となり得ます。

 

生物の細胞は非常に複雑な構造をしています。まるで発達した大都市のように、精密に組織化された数百万個の分子の集合体が、高度に調整されて細胞内に出入りしているのです。狩猟採集生活をしていた人々が、歴史的・進化的プロセスの中で大都市を作り上げたように、単純な分子が協力して同期しあった結果、このようなシステムが形成されたと考えられています。

 

細胞の境界(細胞膜)は、脂質で構成されています。脂質は疎水性と親水性の両方の構造をもつ両親媒性分子で、水中のなかでベシクル呼ばれる区画構造を自発的に形成します。現在知られている生物の細胞膜は主に数種類の両親媒性分子で構成されていますが、このような膜を形成する特性をもつ分子は他にも多く存在します。研究グループは以前に、現在の細胞膜には基本的には使われていないα-ヒドロキシ酸が、互いに簡単に結合して両親媒性と自己組織化の特性をもつ微小液滴と呼ばれる新しい大きな分子を形成できることを報告しました。α-ヒドロキシ酸は原始の地球によくある化合物であり、細胞になる前の原始的な区画構造を形成する有力な候補として考えられています。しかしながら、これまでの研究では、ヒドロキシ酸の官能基の化学的多様性を限定していたため、初期の地球環境を反映していない可能性がありました。

 

今回、研究グループは、出発原料に塩基性の側鎖を持つα-ヒドロキシ酸モノマーと、4-アミノ-2-ヒドロキシ酪酸(4a2h)を組み合わせて添加することで、形成される微小液滴の化学的多様性を従来より高めました。その結果、細胞が遺伝情報を伝えるのに不可欠な核酸を分離する機能(図2)や、蛍光を発する機能など、新たな機能を微小液滴に持たせることができました。

 

 

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図2. ポリエステル微小液滴を利用してコンパートメント化した蛍光RNA。液滴に組み込まれた正電荷を持つ4a2hとの相互作用により、液滴内に存在することができます。Credit:Tony Z. Jia

 

 

このように化学的な複雑さをわずかに変化させるだけで機能が大きく変わることは、非常に重要な発見です。本研究は、原始的な化学システムが、その化学組成の単純な変更によってコンパートメントの表現型の多様性を高める1つのプロセスを示唆しています。今回の実験系で化学的な複雑さをさらに高めていけば、できあがった原始的なコンパートメントにさらに多くの新たな機能が生まれ、細胞の誕生のプロセスをより深く理解できるようになると研究グループは考えています。

 

今回の成果は、理論や基礎研究への貢献にとどまらず、将来的に作成したポリエステル微小液滴の生分解性を生体内で示すことができれば、脂質膜とmRNAで構成されたファイザー社やモデルナ社の新型コロナウイルス用のワクチン同様、ドラッグデリバリーなどにも有用であるとJia特任助教は述べています。

 

 

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図3. オンラインによるコラボレーションのスナップショット。実験データの多くは幸いにも新型コロナウイルスの感染拡大前に入手できましたが、分析と原稿の準備のほとんどは感染拡大後に行われました。そのため、著者(ELSIのTony Z. Jia特任助教とマレーシア国立大学のKuhan Chandru助教)の間では、オンラインで何度も議論が行われました。Credit:Kuhan Chandru

 

 

 

掲載誌  Biomacromolecules
論文タイトル  Incorporation of Basic α-Hydroxy Acid Residues into Primitive Polyester Microdroplets for RNA Segregation 
著者  Tony Z. Jia1,4*, Niraja V. Bapat1,2, Ajay Verma2, Irena Mamajanov1, H. James Cleaves II1,3,4, Kuhan Chandru5,6* 
所属  1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan
2. Department of Biology, Indian Institute of Science Education and Research, Pune, Maharashtra 411008, India
3. Institute for Advanced Study, 1 Einstein Drive, Princeton, New Jersey 08540, United States
4. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, Washington 98154, United States
5. Department of Physical Chemistry, University of Chemistry and Technology, Prague, Technicka 5, 16628 Prague 6 − Dejvice, Czech Republic
6. Space Science Centre (ANGKASA), Institute of Climate Change, National University of Malaysia, UKM, Bangi, Selangor Darul Ehsan 43650, Malaysia
DOI  10.1021/acs.biomac.0c01697 
出版日  202135