ELSIアフィリエイトサイエンティストらからなる研究グループは、CV3炭素質コンドライトであるアレンデ隕石とQUE 94366隕石をラマン分光法によって解析し、隕石中にナノスケールのグラフェンが存在することを明らかにしました。グラフェンは、太陽系最古の鉱物の一つと考えられているCAIcalcium-aluminium-rich inclusion:アルミニウムとカルシウムに富む白色の包有物)の縁に埋め込まれていました。この発見は、JAXAの探査機「はやぶさ2」から戻ってきたサンプルの分析や、NASAの探査機「OSIRIS-REx」から送られてくるサンプルの分析、さらには将来の小惑星や彗星へのミッションを考える上で、非常に重要な意味を持ちます。

 

 

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図1 炭素同素体グラフェンは、フラーレンやポリインなどの他の同素体や、多環芳香族炭化水素などの非同素体とともに、望遠鏡による観測によって、星間物質中で検出されています。しかし、地球外の物質から単離したグラフェンが確認されたことはありません。Credit:NASA/IAC/NOAO/ESA/STScI/NRAO

 

 

東京工業大学地球生命研究所(ELSI)アフィリエイトサイエンティストのChaitanya Giri研究員、カーネギー大学地球惑星研究所(旧地球物理学研究所)のAndrew Steele研究員、NASAジョンソン宇宙センターの地球外物質研究探査科学部門(ARES)のMarc Fries研究員らは、炭素質隕石のアエンデ隕石とQUE 94366を、共焦点ラマンイメージング分光法を用いて調査し、隕石内にナノスケールのグラフェンが含まれていることを明らかにしました。

 

ラマン分光法は、炭素材料の構造や組成分析に最も適した技術です。この技術を用いることで、2つの隕石の鉱物マトリックスに含まれるCAIcalcium-aluminium-rich inclusion:アルミニウムとカルシウムに富む包有物)の縁に沿ってグラフェンが、2次元のグラフェンが積み重なってできた高次の3次元構造であるグラファイトとは独立して存在することが明らかになりました。本研究成果は、現在進行中の炭素質小惑星サンプルリターンミッションにとって、重要な意味を持つと考えられます。

 

これまでに天体望遠鏡による惑星状星雲の観測によってグラフェンの存在は確認されており、グラフェンに密接に関連しているグラファイト構造が多くの隕石から発見されています。しかし、宇宙空間で異なる形成や歴史を持つ2種類の地球外破片の中に、グラファイトではなくグラフェンが存在することを発見したのは、今回の研究が初めてです。長年の研究から、CAIは、太陽系内で凝縮した最初の固体の一つであると結論づけられ、惑星が形成されるよりもはるか昔に、内部太陽系星雲の超高温領域で凝縮したことが知られています。CAIの縁にグラフェンが存在することは、約45億年前のCAIの凝縮と同時期にグラフェンが合成された可能性を示唆しています。

 

アエンデ隕石とQUE 94366CAIを含む切片からグラフェンが検出されたのは、決して偶然ではありません。研究グループは、2008年に炭素質隕石の中に、炭素の同素体で針状の結晶であるグラファイト・ウィスカーが存在していることを実証しました(Fries & Steele, Science, 2008)が、そのときにもグラフェンが3次元のグラファイト・ウィスカーの2次元の構成要素である可能性を予想していました。グラファイト・ウィスカーとグラフェンの関係性は、巻いた紙と、その一端を薄く引っ張って引き伸ばした状態にたとえることができます。

 

アエンデ隕石とQUE 94366から発見されたナノスケールのグラフェンは、完全な状態ではありませんでした。グラフェンのラマンスペクトルは構造的な変形を示し、ラマンバンドの強度や幅も様々でした。このような変形は、グラフェンが実験室の制御された条件下で合成されたものではなく、内部太陽系星雲の非常にダイナミックで抑制のない環境下で合成されたことと、よく合致しています。

 

 

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図2 難揮発性であるCAIの形成領域を示す太陽系星雲のXウィンドモデル。原始太陽系星雲の内側の高温領域で形成され、その後、天文単位レベルではるかに離れた星雲の低温領域に運ばれます。CAIは、太陽系星雲内部で起きた高温化学反応の痕跡を残していると考えられます。Credit: Joseph Nuth (2001) "How were the comets made?", American Scientist, Vol.89, pp.228-235

 

 

 

グラフェンの存在は隕石の原始的な断片であり、科学者が原始の星雲で起こった化学反応を理解するのに役立ちます。また、高密度の原始星の降着円盤で起こっている有機化学と無機化学の接点について、新たな科学実験を促すことができます。さらに、彗星や小惑星などの太陽系小天体の化学的・鉱物的組成の調査にも貢献します。

 

今回検出されたグラフェンは、グラファイト・ウィスカーの構成要素である可能性がありますが、もしそうであれば、このような炭素同素体が原始星や惑星状星雲から放出されることは、長年にわたってモデル化してきた天体物理学の理論モデルを支持することになります。2.7Kの宇宙マイクロ波背景放射を引き起こす潜在的な熱源として、グラファイト・ウィスカーや針状のグラファイト(完全に巻き上げられたグラフェン)が考えられるからです。したがって、今回のグラフェンの検出は、宇宙で起こっている固体炭素の化学を考えるうえで非常に重要な意味を持っています。

 

 

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図3 共焦点ラマンイメージング分光法を用いて同定されたグラフェンは、アレンデ隕石(左図)とQUE 94366のCAIの縁に埋め込まれており、内部太陽系星雲で合成された可能性が高いことがわかります。このような化学反応は、原始星雲で起こっている可能性が高く、また、星間物質における炭素同素体の主要な供給源の一つである可能性もあります。Credit: Giri et al. (2021), Planetary and Space Science (203), 105267

 

 

 

掲載誌  Planetary and Space Science 
論文タイトル  Chaitanya Giri1,2*, Andrew Steele2*, Marc Fries3 
所属  1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo, 152-8550, Japan
2. Geophysical Laboratory (now Earth and Planets Laboratory), Carnegie Institution of Washington, 5251 Broad Branch Road NW, Washington, DC, 20015, USA
3. Astromaterials Research and Exploration Science Division, NASA Johnson Space Center, Houston, TX, 77058, USA 
DOI  10.1016/j.pss.2021.105267
出版日  2021527