地球の奥深くの非常に高圧な環境下では、原子核を回る電子の軌道が圧縮され、電子の「スピンクロスオーバー」が発生します。この現象が中間マントルで起きているという予測は、実験室での高圧実験と量子力学に基づく計算モデルの両方によって広く確認されているにもかかわらず、これまで地震学的には検出されてきませんでした。ELSIの研究者を含む国際的な研究チームは、地震波を解析することで、地球深部におけるスピンクロスオーバーを検出し、そのユニークな地震学的特徴を提案しました。

 

 

 

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図1:地震によって発生した地震波を集計し、マントルの中で最も速い領域(青)と最も遅い領域(赤)を特定した。異なるデータや手法で得られた結果を比較すると、沈み込み帯では、冷たい海洋マントルの岩盤である地殻プレートがマントルを貫通し、最深部のマントルに突入することがわかる。この元々海洋岩盤だった岩石は、溶融したコアとマントルの境界近くで加熱され、溶岩ランプのように地表に戻ってくる。Credit:Grace Shephard

 

 

電子は原子核を取り囲む負に帯電した粒子です。電子の振る舞いは物質の化学的相互作用に大きく関係しています。電子には、上向きのスピン(スピンアップ)と下向きのスピン(スピンダウン)を持つ2種類の電子があります。上下のスピン電子は、まるで互いがダンスのパートナーであるかのように振る舞います。

 

この電子のダンスは、地球の奥深くの非常に高圧な環境下では変化します。電子の軌道が圧縮され、電子が移動できる範囲、すなわち「ダンスフロア」が変わるのです。電子のペアは、ダンスパターンやパートナーを組む方法を変更する必要に迫られ、「電子スピンペアリングクロスオーバー」(省略して「スピンクロスオーバー」とも呼ばれる)を引き起こします。

 

スピンクロスオーバーは、地球の岩石マントルで2番目に豊富な物質「フェロペリクレース」と呼ばれる鉱物が、中間マントル(深さ約1500km)の高圧下に存在するときに発生すると長い間予測されてきました。この予測は、実験室での高圧実験と量子力学に基づく計算モデルの両方によって広く確認されているにもかかわらず、これまで地震学的には検出されてきませんでした。予測に欠陥があるのか、それともマントルの状態が地震の表現を抑制しているのかは、研究者たちの議論の的でした。

 

東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のJohn W. Hernlund教授とChristine Houser特任助教を含む国際的な研究チームは、地球を伝播する2種類の地震波であるP波とS波のデータを用い、スピンクロスオーバーのさまざまな挙動に基づいて解析することで、地球深部で発生する、スピンクロスオーバー固有の地震波の特徴を検出する方法を開発しました。この方法を用いれば、世界の地震観測所で記録された地震波を使用して、医療用CTスキャンのようにマントルの断層画像を生成できます。

 

 

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図2:[上部]マントルの特定の深さでの地震波の高速(青)および低速(赤)領域を示したトモグラフィーモデルマップ。[中央部]上部のモデルを、最も速い(左)領域と最も遅い(右)領域に分離したマップ。[下部]分離処理を複数の異なるトモグラフィーモデルに適用し、一貫した地震信号を持つ領域を強調したマップ。Credit:Grace Shephard

 

 

マントル中部の深さでは、画像化されたP波の特徴を表す信号は、S波と比較して弱くなっていました。これは、マントル中部にフェロペリクレースを含む岩石が多く、スピンクロスオーバーによる体積減少と、高温による圧力範囲の広がりが同時に引き起こされたと考えられます。研究チームは、これらの信号が単なるアーチファクトである可能性を排除するために、異なる研究グル-プが制作した様々な地震画像を使用し、それらの全てにおいて同様の結果となることを確かめました。

 

マントルの中を進む地震波が最も速い領域と最も遅い領域でスピンクロスオーバーが検出されたことは、地球物理学の分野において貴重な知見を与えてくれます。地震波の速い領域は、コアとマントルの境界に向かう途中でマントルを横切って潜る元々海洋岩盤だった岩石で構成されており、遅い領域は、溶岩ランプのように地表に上昇してきた成分で構成されているからです。このような対流の過程は、地表と内部の間の岩石の循環を起こし、プレートテクトニクスの原動力となっていますが、研究チームが開発した方法を用いれば、地球の深部マントルのどの部分に鉱物フェロペリクレースが多く含まれているか、または少なくなっているかを判断して、4D地質図を作成し、地球の歴史を明らかにすることができます。本研究は、スピンクロスオーバーの検出に役立つだけでなく、固体物理学と地球物理学の間に橋を架けることが、地球と惑星の内部を理解するために重要であることを示しました。

 

この研究成果は、科学誌「Nature Communications」に発表されました。

 

 

 

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図3.:温度が低く沈み込むマントル(上)と温度が高く上昇するマントル(下)で見られる海洋プレートは、S波モデルでは一貫した地震信号を生成するが、この一貫した信号は、P波モデルを比較すると消えてしまう。鉄を含む鉱物の中には、クロスオーバーの際に圧縮性が高くなるものがあり、これが圧縮性(P波)の速度に影響を与えるが、せん断性(S波)の速度には影響与えない。P波モデルはマントルの上部と下部で一貫しているため、この消失現象は、鉄のスピンクロスオーバーが発生すると予測されるマントル中央部に限定されているように見える。Credit:Grace Shephard

 

 

掲載誌  Nature Communications
論文タイトル Seismological expression of the iron spin crossover in ferropericlase in the Earth's lower mantle 
著者  Grace E. Shephard1*, Christine Houser2, John W. Hernlund2, Juan J. Valencia-Cardona3, Reidar G. Trønnes1,4, Renata M. Wentzcovitch5,6,7*
所属  1. Centre for Earth Evolution and Dynamics (CEED), Department of Geosciences, University of Oslo, Oslo, Norway.
2. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Japan.
3. Logic Technology Development, Intel Corporation, Hillsboro, OR, USA.
4. Natural History Museum, University of Oslo, Oslo, Norway.
5. Department of Earth and Environmental Sciences, Columbia University, New York City, NY, USA.
6. Lamont-Doherty Earth Observatory, Columbia University, Palisades, NY, USA.
7. Department of Applied Physics and Applied Mathematics, Columbia University, New York City, NY, USA. 
DOI  10.1038/s41467-021-26115-z
出版日  2021108