東京工業大学地球生命研究所 (ELSI) のShawn McGlynn准教授と中村龍平教授らの共同研究チームは、生命誕生以前の地球上で最初の有機分子の生成のカギとなったであろう反応プロセスを発見しました。
地球上のすべての生命は、水素、窒素、酸素などの元素に炭素原子が結合した有機分子で構成されています。現代の生命では、これらの有機分子の多くは、「炭素固定化」経路(植物の光合成など)を経て、二酸化炭素(CO2)から作り出されます。しかし、これらの経路のほとんどは、細胞からのエネルギー投与を必要とします。また、炭素固定化経路は、生命進化の歴史の中で比較的遅い時期に進化したと考えられています。そのため、地球上で最初の有機分子がどのようにして生まれ、どのように原始の細胞に組み込まれるようになったのかは、科学者たちを困惑させ続ける未解決の問題です。
この問題に取り組むために、アメリカ自然史博物館のVictor Sojo研究員とメイン州にあるザ・アトランティック大学のReuben Hudson教授は、マイクロ流体リアクターをベースにした新しい反応装置を考案しました。
本研究に先立ち行った研究では、水素ガスとCO2を含む液体を、マイクロ流体リアクターの中で混合しようとしましたが、CO2還元は起こりませんでした。その解決策は、McGlynn准教授と中村教授も所属する理化学研究所の環境資源科学研究センターの研究室において、Sojo研究員とHudson教授らとの間で行われた議論の中から生まれました。そして、最終的なマイクロ流体リアクターはメイン州にあるHudson教授の研究室で組み立てられました。
「新たな反応器の主な改善箇所は、反応前に流体の中でガスの気泡を発生させる代わりに、流体自体がガスによって動かされるため、蒸発する可能性がほとんどなくなる点です」とHudson教授は述べます。共同研究チームは、新たなマイクロ流体リアクターを使用し、水素ガスとCO2を組み合わせギ酸(HCOOH) と呼ばれる有機分子を生成しました。この合成過程は、生体におけるWood-LjungdahlアセチルCoA経路と呼ばれるCO2固定経路に似ています。そして、Wood-LjungdahlアセチルCoA経路は、古代海洋の熱水噴出孔で起こった可能性のある反応に類似しています。
「これらの発見のインパクトは、地球における原始生命誕生の理解だけには限定されません」とSojo研究員は言います。「今日、同様の熱水系は、太陽系の他の場所、例えば、エンセラダス(土星の衛星)やエウロパ(木星の衛星)、そして宇宙にある水と岩石のある世界に存在しているかもしれません。」
「穏やかな地質条件下でCO2がどのように還元されるのかを理解することは、地球外における生命の誕生の可能性を判断するために重要です。それは、宇宙で生命がいかに普遍的なのか、または稀なのかを理解することに役立つからです」と、もう一人共同研究者であるNASAジェット推進研究所のLaurie Barge研究員は言います。
今回、共同研究チームは、比較的温和な環境下で、CO2を単純な有機分子に変化させました。彼らの発見は、気候変動の危機に直面している今、大気からCO2を除去するための新たなCO2還元方法としての活用も期待されています。「この論文の結果は、代謝の起源の理解から、地球上の水素と炭素の循環を実証する地球化学、さらには、温和な環境下でのCO2を資源化するというグリーンケミストリーへの応用まで、複数の研究領域に関わる可能性がある」と、McGlynn准教授は付け加えました。
掲載誌 | PNAS |
論文タイトル | CO2 reduction driven by a pH gradient |
著者 | Reuben Hudson 1,2,3*, Ruvan de Graaf1, Mari Strandoo Rodin1, Aya Ohno3, Nick Lane4, Shawn E. McGlynn3,5,6, Yoichi M. A. Yamada3, Ryuhei Nakamura3,5, Laura M. Barge7, Dieter Braun8, and Victor Sojo3,8,9* |
所属 |
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DOI | 10.1073/pnas.2002659117 |
出版日 | 2020年9月8日 |