東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の研究グループは、初期の地球環境で自発的に形成されたと考えられる小さな多分岐ポリマーが触媒として働くことを発見しました。これは、単純な多分岐ポリマーが初期生命の誕生を後押しした可能性を示すものです。

 

20200820_Mamajanov_1

 

硫化亜鉛を加えたハイパーブランチポリマー粒子の透過型電子顕微鏡画像。 顕微鏡写真は直径10㎜以下の均一なナノ粒子を表す。Credit:Tony Z. Jia, ELSI

 

生命の起源に関する研究の多くは、現在生きている生物の動作原理を参考にした研究手法を採用しています。しかし、もしかすると、初期の生命体は現在の生物とは大きく異なっていた可能性もあります。さらに、極めて長い年月をかけた進化によって置き換えられてきた可能性があります。このことをテクノロジーの発展で例えると、初期ブラウン管テレビと現代の高解像度ディスプレイと言えるかもしれません。どちらも基本的な機能は同じですが、根本的には異なる技術だということです。つまり、一つの技術がもう一方の技術の創造につながってはいますが、それは必ずしも論理的かつ直接的な前身ではないということです。

 

現在生きている生物においては、酵素タンパク質が細胞内の触媒作用を担います。これらの酵素はアミノ酸の線状ポリマーで構成されており、それらが折り重なることで三次元構造体を作り出します。この三次元構造により、化学物質との非常に特異な相互作用が可能となります。また、触媒は、触媒なしで起こる反応よりも、はるかに速く化学反応を引き起こすのに役立ちますが、反応そのものに消費されるわけではありません。そのため、1つの触媒分子が何度も同じ反応を起こすことが可能です。

 

ここで疑問となるのは、初期の生命体において酵素タンパク質と同等の機能を果たすのに役立ったのは、どのような種類の構造体かということです。ELSIの化学者であるIrena Mamajanov特任教授、Melina Caudan支援員およびTony Jia特任助教は、高分子化学、薬物送達、生物模倣性の分野の知見を活用し、多分岐ポリマー(ハイパーブランチポリマー)が有力な構造体だと判断しました。

 

研究チームは、生命が生まれる前の初期地球に存在したと合理的に考えられる化学物質から、いくつかの多分岐ポリマーを合成しました。そして、これらの重合体が硫化亜鉛ナノ粒子として知られる小さな無機クラスターと結合できることを示しました。

 

Mamajanov特任教授は次のように言います。「この研究では2種類の異なる3次元構造を作り出す多分岐ポリマーを用いました。そして、多分岐ポリマーに塩化亜鉛溶液とポリマー溶液を混ぜ、そこへ硫化ナトリウムを加えることでナノ粒子を得ました。」

 

続いて、これらの多分岐ポリマーとナノ粒子の混成体が実際に何か興味深い触媒作用を持つのかを検証しました。すると、これらの小分子を分解する金属硫化物を少量加えたポリマーが、光照射の環境で活性を示し、20倍も反応速度を高めることを発見しました。「これまでのところ、2つの3次元構造と1つの添加物を検証しただけです。しかし、多分岐ポリマーが触媒として働く反応系は、まだまだ沢山あります。」と、Mamajanov特任教授は言います。

 

この化学作用は、「Zinc World」として知られる生命の起源モデルに関連しているかもしれないと研究者達は考えています。このモデルによると、最初の代謝は硫化亜鉛鉱物によって触媒された光化学反応によって引き起こされました。研究者達は、いくらかの変化を加えることで、このような三次元的構造を調整し、現代の生物が行う窒素固定に関係する重要な酵素たんぱく質、あるいは鉄やモリブデン酵素タンパク質の類似物質を研究できると考えています。Mamajanov特任教授は次のように言います。「ここで湧いてくるもう一つの疑問は、生命や生命以前の物質がこの種の足場形成の過程を使っていたと仮定した場合、なぜ生命は最終的に酵素を選んだのかということです。分岐ポリマーよりも線状ポリマーを使用した方が有利なのでしょうか。また、その変化はなぜ起こり、いつ、どのように行われたのでしょうか。」

 

20200820_Mamajanov_2

硫化亜鉛を加えたハイパーブランチポリマーから現代酵素への進化の段階。 金属硫化酵素は、球状金属硫化物を加えたハイパーブランチポリマー粒子に由来している可能性がある。 Credit:Irena Mamajanov, ELSI

 

 

掲載誌  Life 
論文タイトル  Protoenzymes: The Case of Hyperbranched Polymer-Scaffolded ZnS Nanocrystals 
著者 Irena Mamajanov1*, Melina Caudan1, Tony Z. Jia1,2 
所属  1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology. 2-12-1 Ookayama, Meguro, Tokyo 152-8550, Japan.
2. Blue Marble Institute for Science, 1001 4th Ave, Suite 3201, Seattle, WA 98154, USA.
DOI  10.3390/life10080150
出版日  2020年8月13日