東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のMatthieu Laneuville特任准教授らからなる研究チームは、月の表側に濃集しているKREEPが岩石の溶融温度を下げることを実験的に明らかにしました。これにより、月の表側での初期火成活動が、従来の想定より413倍活発になることがわかりました。この研究成果は、月形成の初期段階を解明する上で役立ちます。

 

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Figure 1. 太陽に照らされた月の裏側と地球。Credits: NASA/NOAA

 

 

45億年前に、火星サイズの天体が原始の地球に衝突し、地球と月が形成されたと考えられています。この衝突から生まれた破片は、かなり急速(おそらく数百万年強の間)に分離し、地球と月を形成したと科学者たちは考えています。大きい方は地球となり、大気と海のある地質学的に活発な惑星となるのに丁度良い大きさと環境へと進化しました。また、小さい方は月となりましたが、こちらには地球のような特性を保持するのに十分な質量がありませんでした。一方で、数十年にわたる月の観測と探査により、月の歴史は思っていたよりもはるかに活発で、直近では10億年前に火山活動や磁気活動があったことが分かってきました。

月には常に地球に面している「表側」と、地球とは反対に位置する「裏側」があります。月の表側では、色が濃い部分と薄い部分があることを昼夜問わず肉眼で見ることができます。一方、月の裏側には色が濃い部分がほとんど存在しません。NASAのアポロ計画により大量の月の石(382kg)が地球に持ち帰られ、色の濃い部分は、化学組成が特徴的であり、火山活動に起因するものであることが分かりました。さらに、岩石の特徴を特定し、これをKREEPと名付けました。KREEPとは、カリウム(K)、希土類元素(REE)、およびリン(P)を豊富に含む岩石の略です。しかし、何故火山活動とこのKREEPの特徴が月の表側にだけあり、裏側にはほとんど存在しないのか、という疑問は未だに残っています。

今回、ELSIを含む国際研究チームは、観測、室内実験、およびモデリングを組み合わせ、月の表面がどのようにして表と裏側の非対称性に至ったのかに関する新たな糸口を見いだしました。まず、KREEPは多くの放射性元素を含んでおり、この元素の放射性崩壊により発生する熱は、これらの元素を含んでいる岩石を溶かす役割をします。さらに本研究では、岩石にKREEP成分を含めることで溶融温度が降下することを実験的に示しました。この効果により、単純な放射性崩壊による加熱モデルから予想されるよりも火山活動が増大することを示しました。溶岩流のほとんどは月の初期段階で生じたため、この研究は月の進化のタイミングおよび月で生じた様々な地質現象の順序にも制約を与えることになります。

Laneuville特任准教授は次のように述べます。「浸食の影響が極めて少ない月面は太陽系初期段階からの地質学的記録を残しています。特に、表側にある領域には、月の他の場所とは異なり、ウランやトリウムなどの放射性元素が濃集しています。このような局部的な濃集の原因を理解できれば、月形成初期段階の解明に役立ち、その結果、原始地球環境の解明に繋がります。」

この研究結果は、月が形成されて以来、高濃度のKREEP成分を含む領域が月の進化に影響を与えてきたことを示唆しています。Laneuville特任准教授は、このような非対称の自己増幅過程の証拠が太陽系の他の衛星でも発見される可能性があり、宇宙全体を通して岩石の多い天体の至る所に存在しているかもしれないと考えています。

 

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Figure 2. Lunar Prospector計画で観測された月表面のトリウム濃度。トリウム濃度と熱源となる他の放射性元素の濃度には強い相関があり、月面の表側に濃集しています。この濃集地域と月の歴史で観測される特徴との関係は、月の科学において重要となります。Credits: Laneuville, M. et al (2013) Journal of Geophysical Research: Planets.

 

 

掲載誌  Nature Geoscience
論文タイトル Early crust building enhanced on the Moon’s nearside by mantle melting-point depression 
著者  Stephen M. Elardo1,2,3*, Matthieu Laneuville4, Francis M. McCubbin5 and Charles K. Shearer6 
所属  1. Department of Geological Sciences, University of Florida, Gainesville, FL, USA.
2. Geophysical Laboratory, Carnegie Institution for Science, Washington, DC, USA.
3. Department of Physics, Astronomy, and Geosciences, Towson University, Towson, MD, USA.
4. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Japan.
5. NASA Johnson Space Center, Houston, TX, USA.
6. Institute of Meteoritics, University of New Mexico, Albuquerque, NM, USA
DOI  10.1038/s41561-020-0559-4
出版日 2020330