東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のTony Z. Jia特任助教、Irena Mamajanov特任教授、Niraja Bapat研究員、H. James Cleaves特任教授らからなる研究チームは、生物に由来しない単純な有機化合物の多くが、初期地球に近い環境下で容易にポリマーを形成し、一部は細胞に似た構造さえも自発的に生み出すことを突き止めました。これは、生命の起源に迫る重要な研究成果です。

 

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初期地球を模した環境下において、生物に由来しない有機化合物がポリマーを形成し、一部は細胞に似た構造までも形成する。Credit: Kuhan Chandru

 

 

生命の起源に関する多くの研究は、ペプチドや核酸などの生体ポリマーがいかに生命の誕生に寄与したのかに注目していますが、生体ポリマーの合成は生物の働きなくしては難しいというパラドックスがあります。このパラドックスを解く鍵は、初期地球に豊富に存在していた非生物由来の様々な有機化合物にあるかもしれません。


ELSIJames Cleaves特任教授を含む国際研究チームは、最新の研究で、初期地球を模した環境下で非生物由来の有機化合物がポリマーを容易に形成し、一部では細胞に似た構造までも自発的に形成することを明らかにしました。


生命の誕生は現代科学の最も難しい問いの一つです。地質学的な記録から生命が誕生したのは少なくとも35億年以上前だと推測されていますが、当時の生物自身がどういう物質からできていたのか、あるいは細胞の中でどのような反応が起きていたのかということは、化石記録からから知ることはできません。そのため、どのような化学環境のもとで生命が誕生したのかはよくわかっていません。


生物における最も重要な特徴は進化です。生存率や繁殖効率の向上に寄与する形質を持つ個体が生まれると、たとえその差がほんのわずかなものであったとしても、瞬く間に個体数を増やし、従来の形質を持つ個体に取って代わります。そのため、生命の起源においても、現生の生物に存在しない化学的性質がかつては存在し、生命の誕生に深く関わったにも関わらず、生物が複雑化する進化の中で失われた性質があるという可能性も排除できません。


たんぱく質は、アミノ酸からなるポリマーですが、複雑な三次元構造をつくることによって、現生生物における全ての化学反応を触媒し、多様な生体化合物を生み出す役割を担っています。これまでの研究で、生物を構成する有機化合物を非生物的に生み出すための様々な方法が調べられており、実際にそうした例も数多く報告されています。そこで研究グループは、DNAによるたんぱく質のコーディング機能が獲得される以前には、現代の生物とは異なるポリマーが生命の誕生に不可欠な物質を生産していたのではと考えました。論文著者の一人であるKuhan Chandru研究員は、現生の生物を解析するだけでは生命の起源に迫ることはできない可能性があると指摘します。「生命の起源に迫るためには必ずしも生物由来の化合物からアプローチする必要はなく、ゼロから構築することの方が有効かもしれません。原始地球は生物に由来しない化合物が豊富にありました。そうした化合物が生命の誕生においてどのような役割を果たしたのかに私たちは非常に興味があります。」


研究グループは、多様な構造を持つ小さな有機分子の組み合わせを数多く用意し、それらの希釈溶液が蒸発する際にポリマーが形成されるかどうかを調べました。その結果、一部の溶液はすぐに分解されましたが、原始的な化合物の多くでポリマーの形成が確認されました。これは、蒸発の際に分解が起こるという簡単な条件が生命誕生に関与する分子の進化圧になったことを示唆する結果です。


また、蒸発の過程を顕微鏡で観察したところ、細胞のような構造が形成されることもわかりました。たった1020原子からなる単純な化合物が自己組織化によって何百万もの原子の集合を形成したのです。


多くの有機化合物で自発的なポリマー形成が確認されたことから、非生物由来の有機化合物が自己集合することは珍しいではことではないと結論づけることできます。このことは生命の誕生がこれまで考えられていたよりもはるかに起こりやすい現象である可能性を示唆しています。

 

 

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単純な乾燥反応で生成されたゼノポリマーから形成された凝集構造。 グリコリド/グリシン混合モノマー溶液を乾燥させた後、もう一度水和させると、高分子凝集体に自己集合するポリマーが得られる。Credit: Jim Cleaves, ELSI

 

 

掲載誌  Scientific Reports 
論文タイトル  Prebiotic oligomerization and self-assembly of structurally diverse xenobiological monomers 
著者 Kuhan Chandru1,2*, Tony Z. Jia3,4, Irena Mamajanov3, Niraja Bapat3,5, H. James Cleaves II3,4,6 
所属 

1. Space Science Center (ANGKASA), Institute of Climate Change, Level 3, Research Complex, National University of Malaysia, UKM, 43600, Bangi, Selangor, Malaysia

2. Department of Physical Chemistry, University of Chemistry and Technology, Prague, Technicka 5, 16628, Prague 6-Dejvice, Czech Republic

3. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo, 152-8550, Japan

4. Blue Marble Space Institute for Science, 1001 4th Ave, Suite 3201, Seattle, WA, 98154, USA

5. Indian Institute of Science Education and Research, Dr. Homi Bhabha Road, Pashan, Pune, Maharashtra, 411 008, India

6. Institute for Advanced Study, 1 Einstein Drive, Princeton, NJ, 08540, USA 
DOI
10.1038/s41598-020-74223-5 
出版日  20201016