新しい研究により、単純な環境の反応が、現在の生命がエネルギーを変換するために使用する物質と同様の反応性チオエステルを形成する可能性があり、このことがより複雑な現代生化学的進化を開始するきっかけとなった可能性があることが示されました。
現在生きている全ての生物は、エネルギーを使って自己再生します。生物は、極めて一般的な中間分子を集め、脂肪や糖などの、より大きな分子を構築したり分解したりしているのです。これらの中間エネルギー担体は、それ自体が大きな分子の構成要素とはなりませんが、細胞再生を促進するためのエネルギー交換を可能にします。そのような代謝反応中間体の一つに、炭素‐硫黄の高エネルギー結合を含むチオエステルがあります。チオエステルは、現在の生命体が糖を分解しアミノ酸からタンパク質を作る際にも使われているのですが、最古の反応中間体のひとつである可能性が推測されています。しかし、生命誕生以前に、チオエステルのような中間体がどのように形成されたのかは未解明のままです。
東京工業大学地球生命研究所 (ELSI) のSebastian A. Sanden大学院生、Ruiqin Yi研究員、原正彦教授およびShawn McGlynn准教授による最新の研究では、現代の火山ガスに含まれるチオ酸(硫化水素と有機酸からなる化合物で、温泉の「腐った卵」の臭いの主な原因)は、現代の生物の代謝系の基本となる単純な硫黄を含むチオ―ル化合物と容易に反応して、反応性チオエステルを合成することを示しました。この反応は水中で容易に起こり、より複雑な生化学反応の始まりとなった可能性があります。また、 地球上で最も豊富で、地殻の約5%を構成する元素である鉄を反応に含めると、反応生成物の収率が増加することをこの研究で発見しました。 このことは、ある反応が別の反応を促進させる複数の反応のエネルギー共役が、非生物的環境の化学現象に起源を持つ可能性を示唆しています。さらに、反応の副生成物を用いると、FeS(鉄-硫黄の略)クラスターの合成が可能であることを発見しました。FeSクラスターは、全ての生物に必要であり、用途の広いエネルギー共役化合物で重要な物質です。
これまで科学者たちは、アミノ酸、ヌクレオチド、ペプチドなどの生命構成要素から生命の起源を理解しようと努めてきましたが、エネルギー移動が前生物化学的現象からどのように発生したかを解明する取り組みはほとんど行われてきませんでした。そこで、ELSIの研究チームはエネルギー的に共役できる反応を探すことにしました。ELSIの研究者達が行った実験と分析では、反応から分析までを素早く一気に完了する方法を確立したことによって、反応の進行速度を特定することができました。その結果、チオエステルを生成する予備実験では数日ほど時間がかかっていましたが、触媒を加え、かつ、温度を上げることで、1時間未満でチオエステルの最大収率を達成できることが分かりました。
研究チームは、この種類の反応が「カスケード反応」を生み出す可能性があると捉え興味を持っています。カスケード反応とは、例えば、ピルビン酸が分解し、チオエステルの形成を促し、これにより、新たに発見されたチオエステル経路を介してペプチド(アミノ酸が短く鎖状につながったもの)が形成される反応です。そこで研究チームは次に、含まれる成分の数やその複雑さを、自身で増やすことができるシステムを作りたいと考えています。実際に、現代の微生物の中には、代謝時に、FeSクラスターの助けを借りてピルビン酸分解とチオエステル形成を代謝に利用しているものがあり、研究チームが発見した反応は、前生物化学的進化または生物進化において、いかにそれらの反応を発見したのかを再現している可能性があります。この研究の主任研究者であるELSIのShawn McGlynn准教授は、「この研究は、地球上の初期のエネルギー代謝を確立する際に重要であったであろう複数の前生物的反応機構の間の、新たなつながりを提示します」と話しています。
掲載誌 |
Chemical Communications |
論文タイトル | Simultaneous synthesis of thioesters and iron-sulfur clusters in water: two universal components of energy metabolism |
著者 | Sebastian A. Sanden 1,2, Ruiqin Yi 1, Masahiko Hara 1,2, Shawn McGlynn 1,3,4 |
所属 | 1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1 I7E Ookayama, Meguro, Tokyo 152-8550, Japan 2. School of Materials and Chemical Technology, Tokyo Institute of Technology, 4259 G1-7 Nagatsuta, Midori-ku, Yokohama, Kanagawa 226-8502, Japan 3. Center for Sustainable Resource Science, RIKEN 2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-0198, Japan 4. Blue Marble Space Institute of Science, Seattle, Washington 98154, USA |
DOI | 10.1039/d0cc04078a |
出版日 | 2020年8月26日 |