<プレスリリース>
– 天王星の衛星形成を再現する理論モデルを構築 –
【要点】
○ 天王星が軌道面から98度傾いて自転、衛星の軌道面も同様に傾いて回る謎。
○ 天王星への巨大衝突で大蒸発がおこることに注目し、質量、軌道分布を説明する衛星形成の新モデルを構築。
○ モデルは海王星や太陽系外の氷を多く含む惑星の新たな標準モデルとなり得る。
【概要】
東京工業大学 地球生命研究所の井田茂教授は、京都大学の上田翔士研究員(現・神戸大学 大学院理学研究科 学術研究員)、佐々木貴教助教、大学院理学研究科の石澤祐弥大学院生(博士後期課程2年)と共同で、天王星(用語1)の衛星の起源を理論的に研究し、新たな衛星形成モデルを作成することに成功した。
研究チームは、天王星への巨大衝突で大蒸発がおこって水蒸気円盤が形成され、その円盤が衛星の材料になる氷が再凝縮するまで冷却される過程を精密に調べることで、現在の天王星の衛星群の分布が見事に再現される理論モデルを構築した。これは、これまで議論されてきた地球型惑星や木星型惑星の衛星形成とは全く異なり、天王星のような氷惑星に対する新しい理論モデルである。
巨大衝突を考えると天王星の衛星の傾いた軌道は説明可能だが、これらが天王星から遠くまで分布し、総質量が天王星の1万分の1しかなく、大きい衛星が外側に偏っていることは、今までは全く説明できず、天王星衛星の起源は大きな謎とされていた。
研究成果は2020年3月30日付(英国時間)の国際学術誌「Nature Astronomy(ネイチャー・アストロノミー)」に掲載された。
背景
太陽系の多くの惑星では自転軸が軌道面にほぼ直立している。ところが、天王星は自転軸が98度傾いて、ほぼ横倒しである。天王星は5つの主要衛星を持っているが、これら衛星の軌道面も天王星の自転軸に垂直に傾いていて、天王星の自転と同じ方向(順行)に回っている。
天王星は地球の15倍の重さで氷を主成分にした惑星だが、そこに地球質量の1~3倍の惑星が衝突すると、天王星を98度傾けることが可能である。その衝突の破片が再集積して衛星が形成するのが巨大衝突説である。一方で、天王星はその質量の10%くらいの水素・ヘリウムのガスを纏(まと)っており、そのガスを取り込むときに一時的に形成されたガス円盤の中で氷が凝縮して衛星が集積するとする円盤説もある。巨大衝突説は地球の月形成、円盤説は木星のガリレオ衛星(ガリレオ・ガリレイによって発見された木星の4つの衛星)形成の標準モデルになっている。
巨大衝突説では、自然に98度傾いた軌道の衛星が形成される利点があるが、自身の10~20%もの質量の原始惑星の巨大衝突では、地球の月の場合と同じように、本体の1%程度の比較的大きな質量の衛星が形成可能な破片円盤が生まれる。ところが、天王星の衛星の総質量は天王星質量の0.01%しかない。一方、円盤説では小さい衛星の形成が可能である。実際、木星のガリレオ衛星の総質量は木星質量の0.01%で、その点は有利だが、98度傾いた順行軌道の衛星が作れない。
このように天王星の衛星たちがどのようにしてできたのかは大きな謎だった。
研究成果
研究チームは、天王星の主成分が氷であるため、衝突で作られるのは固体の破片円盤ではなく、完全に蒸発した水蒸気円盤であることに気づいた。この円盤は拡散して、広がりながら内側の水蒸気は天王星に落ち込んでいくが、水蒸気は熱がこもるので、その円盤で衛星の材料になる氷が再凝縮するには、円盤の半径が10倍も広がり、もとの円盤の99%もの質量が天王星に落ち込まければならないことを精密な計算により発見した。
巨大衝突では惑星のすぐ近傍に円盤ができる。地球の月は重いので、地球のすぐそばで集積しても、その後の45億年で地球との重力相互作用でだんだん遠ざかっていくが、天王星の衛星は軽いのでほとんど遠ざからない。つまり、衝突直後の円盤から衛星ができると、実際の衛星軌道より遥かに内側の天王星半径の数倍のところに衛星ができることになるので、これも大きな謎だった(下図参照)。特に天王星では重い衛星が外側(天王星半径の15~25倍)に偏っている。
これに対し、研究チームは、円盤が薄く広がったあとに氷が再凝縮するので、氷の分布は現在の衛星軌道に一致することを発見した。円盤がある一定の薄さになったら氷が凝縮するので、最初にどのような蒸気円盤ができるのかにはあまり依存しないで、氷の分布が決まる。
予測した分布から微小氷天体群の衝突合体のコンピュータ・シミュレーションを行うと、実際の天王星衛星の分布に極めて近い衛星群ができることも示された。大蒸発の果てに残った1%の物質から小さな衛星群が残るのである。
この理論モデルは、巨大衝突をもとにするのだが、地球の月形成とは全く異なる。地球は岩石を主成分とし、破片円盤は蒸発してもすぐに岩石は再凝縮し、月は最初の破片円盤の分布、つまり、どのような巨大衝突が起こるのかで決まる。しかし、氷衛星ではそうではなく、蒸発円盤がどのように冷えていって、どのように薄く広がるのかで決まることがわかった。これは地球型惑星や木星型惑星の衛星形成とは全く異なる、天王星のような氷惑星に対する全く新しい理論モデルで、海王星、太陽系外の氷を多く含むスーパーアース(用語2)など、氷を主成分とする惑星に一般的に適用できる衛星形成の新たな標準モデルとなり得るのである。
用語説明
(1)天王星:太陽系の内側から7番目の惑星。内部は主に氷で構成され、中心に岩石のコアを持つ。惑星全体質量は地球の15倍程度。大気はそのうちの10%くらいで、主成分は水素である。大気に少量含まれるメタンが赤色光を吸収するため、天王星は青色に見える。太陽系惑星の中で唯一横倒しで自転している。
(2)スーパーアース:太陽系外惑星のうち地球の数倍程度の質量を持ち、かつ主 成分が岩石、金属、氷などの固体成分と推定された惑星のこと。
論文情報
掲載誌: Nature Astronomy (ネイチャー・アストロノミー)
論文タイトル: Uranian Satellite Formation by Evolution of a Water Vapor Disk Generated by a Giant Impact
著者: Shigeru Ida, Shoji Ueta, Takanori Sasaki and Yuya Ishizawa
DOI: 10.1038/s41550-020-1049-8
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