• 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)と東京工業大学地球生命研究所ELSI)の研究チームは、惑星形成の最終段階で起こる“後期集積”が水星に与える影響を調べました。
  • 軌道計算と衝突計算を組み合わせたモンテカルロ法を用いて、後期集積により、水星の表面が全球的に約50m-10km程度削られるが、揮発性物質を含む衝突天体の約半分が水星表面に供給されうることを示しました。
  • すでに水星表面には“一見不可思議な揮発性物質”が多量に見つかっており、日欧の水星探査機ベピ・コロンボ(2018年打ち上げ、2025年到着)による更なる水星表面観測によって“後期集積の痕跡”がより詳細に観測されうることが期待されます。

 

20201006_RBrasser1bj

図 1. 惑星形成過程の概念図(Genda 2016のFig.4を改編)。太陽系の惑星は小さい塵が合体集積を繰り返すことで形成されたと考えられている。後期集積は、惑星形成の最終段階で起こり、惑星形成の残りの小天体が時間をかけて惑星表面に降り注ぐプロセスです。

 

 

太陽系の惑星は、小さな塵が時間をかけて成長・集積を繰り返すことで、惑星のサイズまで成長したと考えられています。およそ45億年前までには太陽系の惑星は現在の大きさまで成長したと考えられていますが、惑星の成長がほぼ完了してすぐの段階では、周囲にはまだ小さな天体が多数残っており、それらが数億年をかけて水星、金星、地球、火星に降り注いだと考えられています。これを後期集積と呼びます(図1)。後期集積は、地球においては、水を供給したプロセスとしても有力であり、惑星表面の環境を形作るものとして重要なプロセスになります。太陽からの距離を考えると、揮発性の高い物質が水星の材料物質として存在することは難しいと考えられます。しかし、これまでの観測によって、水星の表面には、多数の揮発性元素の存在を示す証拠が見つかっています。

 

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)の兵頭龍樹 国際トップヤングフェロー(准教授相当)、東京工業大学地球生命研究所ELSI)の玄田英典准教授とRamon Brasser 特任准教授(研究当時)からなる研究チームは、惑星形成過程の軌道計算と水星への後期集積過程を再現する衝突計算を組み合わせたモンテカルロ法を用いて、後期集積が水星表面にもたらす影響を調べました。惑星形成過程の軌道計算によって、水星への後期集積における小天体のサイズ分布、衝突速度分布、そして小天体の総質量が分かっていますが、一方で、衝突計算を用いることで、そのような衝突によって、削られる水星表面の量、衝突天体の集積量(衝突天体の一部は衝突時に水星表面に埋め込まれ、一部は破片として宇宙空間に飛び出る)、そして小天体の衝突による溶融・蒸発量を明らかにしました。研究チームのモンテカルロ計算の結果、統計的に、水星表面が全球的に約50m〜10km程度削られることが分かりました。また、水星の軌道領域では存在しにくい揮発性物質などが衝突時に溶融および蒸発し、短時間で冷え固まることで水星表面に供給されうると結論付けました(図2)。

 

後期集積によって“水星全球が削られる”という結果は、これまでの観測で示唆されている最古の水星表面年代が約40〜41億年前という観測結果と矛盾しません。また研究チームの結果は、水星表面で観測される“一見不可思議な揮発性元素の存在”の起源を説明することも可能です。

 

現在、日欧共同のベピ・コロンボ探査機が水星に向かっています(2018年打上げ、2025年水星到着予定)。アメリカNASAのメッセンジャー探査機など、これまでの水星観測は、主に水星の北半球のみしか達成できていませんでしたが、ベピ・コロンボ探査機は、初めて水星表面を全球的に詳細に観測しようとしています。研究チームの結果は、ベピ・コロンボ探査ミッションに対して、「後期集積の痕跡を探す」という新たな科学的価値を与えると同時に、水星観測に基づく後期集積過程の詳細な理解は、太陽系における惑星形成過程の最終段階の描像をより深く理解することを可能にするでしょう。

 

20201006_RBrasser2bj 

 

図2. 後期集積によって水星表面は削られ、水星軌道には存在し難い揮発性元素を含む物質が供給されます。

 

 

掲載誌  Icarus 
論文タイトル  Modification of the composition and density of mercury from late accretion 
著者  Ryuki Hyodo1, Hidenori Genda2, Ramon Brasser2 
所属 

1ISAS/JAXA

2Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology
DOI  10.1016/j.icarus.2020.114064
出版日   2020年8月29日