東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のラムセス・ラミレス(Ramses Ramirez)研究員は、理論と実験データをもとに複雑な生命体の呼吸に必要となる窒素・二酸化炭素大気分圧の限界値をはじめて導きました。この限界値を用いることによって、ラミレス研究員は、複雑な生命体のハビタブル・ゾーン (habitable zone for complex life, CLHZ)を新たに求めました。新しく提案されたCLHZは、最近の研究で導かれたハビタブル・ゾーンより約35%も広く、複雑な生命体は従来の予想を超えてこの宇宙に遍在している可能性を示唆しました。
ハビタブル・ゾーンとは、中心星を回る岩石惑星の表面において、液体の水が安定に存在することが可能な領域のことです。ハビタブル・ゾーンは、太陽系外で生命が存在可能な惑星を発見するために使われてきましたが、従来の定義では単純な生命と複雑な生命の区別を行っていませんでした。
ラミレス研究員は、今回、人間を含む哺乳類やその他の空気呼吸を行う動物( 鳥や爬虫類など)のハビタブル・ゾーン( CLHZ )を新たに導きました。実験結果と理論予想を組み合わせることで導出されたこの新しいハビタブル・ゾーンは、過去に見積もられた二酸化炭素呼吸の限界値を見直すとともに、はじめて窒素呼吸の限界値を見積もったものです。ラミレス研究員は、地球上の複雑な生命体は二酸化炭素・窒素分圧がそれぞれ約0.15バール、約3バールを上回る大気中では呼吸できないことを発見しました。生まれたばかりの動物の場合、この限界値はそれぞれ約0.1バール、2バールまで低下します。この新たな限界値は、動物が二酸化炭素・窒素濃度の上昇に徐々に適応する能力を考慮して導かれています。これらの呼吸限界を超えると麻酔効果が現れ、この状態に継続的に置かれると致命的になる可能性が高くなります。
最近の研究で示されているように、本研究で示したCLHZは、より一般的なハビタブル・ゾーンより狭い領域となっています。しかしながら、過去の研究より複雑な雲モデルを用いることで、ラミレス研究員はCLHZが従来の見積りよりも30%以上広くなることを示しました。このようになる原因は、過去の研究では、雲による冷却効果がわずかに過大評価されていたことが一因です。また、過去の研究と異なり、この新しいモデルでは、惑星の大部分の領域が寒冷で凍結している状況下でも赤道域は温暖でハビタブルに保たれることがわかりました。太陽系においては、このCLHZは約0.95-1.3 AUに位置し、古典的なハビタブル・ゾーン(0.95-1.67 AU)のおよそ半分になっています。本研究のモデルは、A-M型星(2,600-9,000 K)の周りの惑星についても同様にCLHZが広くなることを予測しています。これらのことは、複雑な生命は、従来考えられていたよりも広い軌道範囲において存在可能かもしれないことを示しています。
ラミレス研究員は計算された呼吸限界は全く異なる進化の歴史を辿った地球外生命には適用できない可能性も指摘しています。しかし、そうだったとしても、CLHZは有用なベースラインの仮定となる可能性があります。
「宇宙生物学やSETI(地球外知的生命探査)では、地球外生命探査において地球中心的アプローチをとっています。たとえば、地球外の知的生命は水を必要とするという推測や、それらは電波シグナルを送信するという推測です。それと同じ様に、私は、複雑な地球外動物は地球生命と同じような呼吸限界を持つかもしれないと仮定したのです。」とラミレス研究員は言います。
また、この論文は、CLHZと伝統的なハビタブル・ゾーンの定義の両者の有用性も議論しています。
「CLHZは動物の存在する惑星を探す上で適切な概念です。しかし、他のハビタブル・ゾーンの定義も生命を宿す可能性のある惑星一般を探す上で使用されるべきです。」とラミレス研究員は述べています。
掲載誌 |
Scientific Reports |
論文タイトル |
A complex life habitable zone based on lipid solubility theory |
著者 |
Ramses M. Ramirez1,2 |
所属 |
1. Earth-Life Science Institute, Tokyo, Japan 2. Space Science Institute, Boulder, CO, USA |
DOI |
10.1038/s41598-020-64436-z |
出版日 |
2020年5月4日 |