東京工業大学地球生命研究所 (ELSI) のTony Z. Jia特任助教と、PSL研究大学パリ市立工業物理化学高等専門大学ピエール=ジル・ド・ジェンヌ研究所のTommaso P Fraccia教授の最新研究により、単純なDNA-ペプチド相互作用が、細胞内で多様性を生み出していることが明らかになりました。原始的なポリマーの相互作用が、現代の生物の複雑さを生み出したのかもしれません。

 

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偏光顕微鏡で可視化した液晶コアセルベート液滴
液晶コアセルベート液滴の大集団の集合体であることを示す典型的かつ特徴的な構造が見られます。Credit:Tommaso P Fraccia

 

デオキシリボ核酸(DNA)とタンパク質の相互作用は生命にとって非常に重要です。例えば、人間の各細胞には約2メートルに相当する長さのDNAが格納されていますが、DNA自体は約100万分の1のスペースにギュッと詰め込まれて格納されています。こうしたことを可能にするのは、DNAとタンパク質の相互作用です。

 

Jia特任助教とFraccia教授は、最新研究によって、DNAとタンパク質の相互作用が、DNAを細胞内にひとまとめにするための高次構造を形成するのに役立っていることを明らかにしつつあります。

 

DNAは、細胞が何世代にも渡って自己複製を行うための情報の倉庫であり、極めて重要です。情報格納庫としてのDNAは通常、2つのポリマーが互いに巻き付いた二重鎖を形成しています。一方、タンパク質はアミノ酸からなるポリマーで、非常に複雑な性質を持っています。ポリマーの化学的な挙動といった観点では、DNAやRNAはある程度の挙動を予測することが可能ですが、タンパク質の場合は異なります。

 

いくつものサブユニットがつながったタイプのポリマーは、特に水のような溶媒に溶かすと複雑な挙動を示します。例えば、牛乳に含まれているタンパク質は水の中ではコロイド懸濁と見なされます。牛乳にレモン汁を加えると、懸濁したタンパク質が再編成されて自己組織化し、目に見える凝乳が作られます。これと同様の現象が液晶です。液晶が形成されるのは、細長い形状の分子、あるいは線状に伸びる凝集体を形成する場合です。このとき、結晶と液体の特性を合わせ持つ物質がつくられ、流動性を保ちながらも固体の持つ秩序性も保持します。

 

Fraccia教授とJia特任助教は、最新の研究で、二重鎖のDNAとペプチドは極めて独特な方法で多くの異なる液晶相を生成できることを示しました。液晶相は、実際にはコアセルベートと呼ばれる膜のない液滴で形成され、DNAとペプチドはその液滴の中で共に自発的に集合し配列します。この過程でDNAとペプチドは、細胞核の濃度に匹敵するほど高濃度となります。このような反応が生命の最初の細胞に類似した構造を形成した可能性があります。

 

しかし、このような性質が現れ始める境目というのは、必ずしも明確ではありません。Jia特任助教とFraccia教授は、物質が集合したり自己組織化する効果が複数組み合わさることによって、生物の多種多様な反応に影響している可能性があると考えています。たとえば、塩分濃度や温度の単純な変化であっても、様々な液晶構造がつくられることが分かっています。したがって、これまでに試されていない様々な条件を考慮すると、生物学的機能を持ち自己組織化する液晶の中間体が近い将来にいくつも発見されるかもしれません。原始的な分子の集まりがいかに自己組織化できるようになったのかを理解することは、生命の起源に関する今後の研究への重要な足がかりとなります。

 

さらに付け加えると、この研究は病気を引き起こす原因を解明するのに役立つ可能性があります。例えば、最新の研究によれば、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ルー・ゲーリッグ病)などの病気に関して、細胞内における相転移と分離が病気を引き起こす主要原因である可能性が指摘されています。

 

「液晶というと、一般には、テレビ画面や応用技術のことを思い浮かべてしまって、生命の起源のような基礎科学を思い浮かべる人はほとんどいないでしょう。でもこの研究によって、生命の起源という観点から液晶を理解するきっかけができるとよいと思っています。」とJia特任助教は述べています。

 

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液晶コアセルベートシステムの模式図 短い二本鎖DNA(Oligo dsDNA)と陽イオン性ペプチドは、端から端まで積み重ねた方法で共集合し、しっかりとした束を形成します。その結果、液晶コアセルベート液滴が形成されます。Credit: Tommaso P Fraccia 

 

掲載誌  ACS Nano 
論文タイトル  Liquid Crystal Coacervates Composed of Short Double-Stranded DNA and Cationic Peptides 
著者  Tommaso P. Fraccia1,*& Tony Z. Jia2,3 
所属  1 Institut Pierre-Gilles de Gennes, Chimie Biologie Innovation, ESPCI Paris, CNRS, PSL Research University, 75005 Paris, France
2 Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, 2-12-1-IE-1 Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan
3 Blue Marble Space Institute of Science, 1001 Fourth Ave., Suite 3201, Seattle, Washington 98154, United States
DOI  10.1021/acsnano.0c05083
出版日  2020年8月27日