東京工業大学地球生命研究所(ELSI)のRuiqin Yi研究員とニューサウスウェールズ大学講師のAlbert Fahrenbach研究員をリーダーとする化学チームが実施した新たな研究によれば、高エネルギー放射線の照射は複雑な構造の有機化合物の形成を促進し、RNA形成に貢献した可能性があります。「連続反応ネットワーク」は、複雑な一連の反応を生じさせるだけではなく、重要な化合物を一度に形成できます。これは、原始地球上における前生物的化学反応がどのようなものであったかを示唆しており、この結果は生命の起源の研究の核心に迫るものと研究チームは考えています。
化学者たちは長年にわたり、生命の起源を解明する努力を続けてきました。あるモデルは、自己複製能力を備えた単純なRNA分子が原始的な地球環境において自然発生した時が生命の始まりであると提案しています。しかし、この現象が生じた経緯を完全に解明するにはさまざまな困難があります。本研究によれば、単純な有機化合物の混合物が水中で高エネルギー放射線の照射を受けて反応し、より複雑な構造を有する多種多様な有機化合物を形成したことが、RNA形成の一助となった可能性が示唆されています。この研究チームにはプリンストン高等研究所やアリゾナ州立大学からの研究者も参加しています。
同チームは本研究の実施にあたり、非常に単純で小さな分子の混合物(一般的な食卓塩、アンモニア、リン酸塩、シアン化水素)を作成し、東京工業大学の高エネルギーガンマ線源を用いて照射しました。この条件は、自然環境で存在する放射性鉱物によって生じる放射性環境を模擬したものです。初期の地球上には、放射性鉱物は現在よりも遙かに広く分布していたと考えられています。さらに同チームは、浅い池や海岸の蒸発現象も模擬するため、断続的に乾燥させた状態で反応を生じさせました。その結果、その反応からは、驚くことに生命の起源に重要な役割を果たした可能性がある多種多様な化合物が生成されました。そして、その中にはアミノ酸の前駆体の他、RNAの形成に役立つと知られている小さな化合物も複数含まれていました。
研究チームはこれらの条件の組み合わせによって、チームが命名した「連続反応ネットワーク(continuous reaction network)」が形成されることを示しました。このネットワークでは、極めて多様な化合物が連続的に形成と分解を繰り返し、互いに反応して新たな化合物を形成します。この連続反応ネットワークにより、複雑な一連の反応が生じるだけではなく、その反応が生じる経路により、重要な化合物を一度に形成することができます。実験室で研究を行っている現代の有機化学者の場合、適切なタイミングで化学物質を正確に追加し、生成したい化合物を正確に生成することができます。しかし、原始地球上における前生物的化学反応は、そのように選択的なものでも目標指向的なものではありません。したがって同チームは、今回の研究結果は、生命の起源の研究の核心に迫るものであると考えています。
同チームはこの種のモデルを利用することにより、原始惑星環境においてRNAを形成するには、どのような環境が最も適しているかを解明する手がかりが得られると考えています。事実、岩石惑星の表面は非常に変化に富んでいます(冷たい渓流、沸き立つ温泉、日当たりの良い海岸など)。したがって、前生物的な化学現象は、ごくわずかに条件が異なるかもしれませんが、様々な場所で起きる可能性があります。こうした研究は、他分野の科学者が地球外生命を探求する際に、最適な場所を特定する手助けにもなります。
筆頭著者であるYi研究員は「まだRNAの形成には至っていないものの、本研究からは複数の新たな疑問が提起されています。反応を微調整すれば、これらの混合物からRNAに必要な構成要素を全て連続的に形成することができるのだろうか?このような「乱雑な」化学現象では、複雑な化学反応ネットワークを通じ、より複雑なアミノ酸などの重要な化合物を他にも生成することができるのだろうか?というような疑問です」と語っています。
掲載誌 |
Proceedings of the National Academy of Sciences |
論文タイトル | A Continuous Reaction Network that Produces RNA Precursors |
著者 | Ruiqin Yi1, Quoc Phuong Tranc2, Sarfaraz Alic2, Isao Yoda3, Zachary R. Adamd4, H. James Cleaves II1,5,6, and Albert C. Fahrenbach1,2* |
所属 |
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DOI | 10.1073/pnas.1922139117 |
出版日 |
2020年6月2日 |