生物学的相分離は、さまざまな細胞で起こる現象であり、生命機能の重要な調節を担います。近年、遺伝学、分子生物学、細胞生物学、生物物理学、プレバイオティクスケミストリーや測定技術の開発など、数多くの研究が進められてきましたが、それらが包括的に議論されることはほとんどありませんでした。著者らは、近年の主要な研究を横断的にまとめた総説を執筆し、日本および世界の生物学的相分離の研究における現状と展望を議論しました。
近年、生命科学のさまざまな領域で相分離が大きな注目を集めています。相分離自体はめずらしいものではなく、水と油の分離に見られるように、日常のいたるところで起きている現象です。しかし、生命という観点で見た時の相分離の重要性はほとんど認識されていませんでした。しかし、膜のないオルガネラ(細胞小器官)において相分離が重要な役割を担うことがわかると、相分離という現象が、生命活動のあらゆる局面で機能調節を行うことが明らかになりました。現在では、遺伝学、分子生物学、細胞生物学、生物物理学、プレバイオティクスケミストリーの分野や測定技術の開発で、相分離に関する研究が幅広く進められています。このように生物学的相分離の研究は大きな拡がりを見せていますが、分野が多様化しているために統合的な議論はあまり行われていませんでした。
本総説は立命館大学の吉澤拓也助教らにより執筆され、Biophysical Reviewsの特集号に掲載されましたが、この特集号は、2019年の日本生物物理学会年会における発表内容をまとめたものです。本総説では、地球生命研究所 (ELSI) のTony Jia特任助教を含む著者らが、細胞内における相分離現象と解析法を議論しています。はじめに、基本的な生物学的相分離現象として、RNA顆粒と呼ばれる膜の無いオルガネラを例にあげ、相分離プロセスの概要を示しています。また、その制御破綻と疾患との関わりも解説しています。
続いて、共著者であるがん研究会の野澤竜介研究員は、相分離研究が精力的に進んでいる細胞核内の、特にクロマチンの構造・機能と相分離との関係について解説しています。クロマチンは流動的かつ不規則で、まさに液滴のような振る舞いをすることが観察されています。転写調節をはじめとしたクロマチン上の様々な生化学的な反応が進行する場は、相分離を介して作り出されていることが想像されます。
生命の起源の研究における相分離への関心も高まっています。Jia特任助教による最近の研究成果では、プレバイオティクスケミストリーにおける相分離、原始生命における相分離、そして、現在の生命で起こる相分離のつながりについても議論しています。
最後に、生物学的相分離の研究における近年の技術開発について、北海道大学の斎尾智英助教が、NMRによる測定技術の進歩や、各種顕微鏡の発展について議論しています。解析技術の開発は新しい可能性をもたらし、研究の発展に大きく寄与します。しかし、相分離状態の解析は非常に困難であるため、研究者同士の協力が必要不可欠となります。
責任著者である奈良県立医科大学の森英一朗准教授は、日本の生物学的相分離研究を牽引する研究者のひとりです。筑波大学の白木賢太郎教授、産業技術総合研究所の亀田倫史主任研究員らとともに、生物学的相分離に関する一連の研究会を過去数年の間開催してきました。2019年12月に奈良県立医科大学で開催されたワークショップ、「第4回LLPS研究会・ASUKA若手交流会2019」には100名を超える参加者が集まりました。そのほとんどが学生や若手研究者であり、国内における生物学的相分離研究の注目の高さが伺えます。
これまで生物学的相分離の研究に関しては海外グループが先行していましたが、国内での注目の高まりとともに、この分野における日本の研究レベルは急速に向上しています。中性子散乱法や高速原子間力顕微鏡といった解析技術で、日本は世界をリードしています。これらの強みを生かすことで、わたしたちが生物学的相分離研究の新たな扉を開けることを目指しています。
Journal | Biophysical Reviews |
Title of the paper | Biological Phase Separation: Cell Biology Meets Biophysics |
Authors | Takuya Yoshizawa1, Ryu-Suke Nozawa2, Tony Z. Jia3,4, Tomohide Saio5, Eiichiro Mori6 |
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DOI | 10.1007/s12551-020-00680-x |
Affiliations | 2020 年3月18日 |