東京工業大学地球生命研究所 (ELSI)のRamirez研究員らの研究グループは、気候シミュレーションを用い、過去の火星には北半球の広範囲に海が広がり、海の存在に伴う水蒸気の循環があったことを初めて明らかにした。それによれば、火星の古環境は、氷河が広く火星表面を覆うような寒冷な気候ではなく、液体の水が安定的に存在するほど温暖かつ半乾燥(つまり地球のステップ気候)のような気候であったことを示唆している。
現在、火星は寒冷で乾燥し、例えるならば“月”のような惑星となっている。一方、火星にみられる地形(河川堆積物や三角州、海岸線など)は、かつて火星が地球のような水に富んだ惑星であったことを示している。しかし、「火星温暖説:水に富むことがすなわち温暖な火星を意味するのか」、あるいは「火星寒冷説:かつての火星も今と同じように寒冷で、流水地形は氷として存在していた水が溶けだすことにより形成されたのか」、は謎であった。
「かつての火星環境が温暖であったか寒冷であったかは、火星生命の存在可能性に直結しうる極めて重要な疑問である」と主著者であるRamses Ramirez研究員は述べている。
Ramirez研究員・Bob Craddock研究員 (Smithsonian Institution)・臼井寛裕教授(JAXA宇宙科学研究所およびELSI)からなる研究チームは、かつての火星が温暖であり北半球に広がっていたと推察される海洋(図1)を説明しうるかの検証を行った。
惑星の地形はその惑星の気候に影響を与える。実際、火星においては、現在観測されている地形が、昔の状態をとどめているかは分かっておらず、「どこで降水が起きていたか?」「その降水は雨であったのか雪であったのか?」を決定するには不十分であった。多くの先行研究では、昔の火星の地形は現在と似通っていると仮定し、その仮定に基づき、水は寒冷な高地に氷床として存在することを示した(火星寒冷説)。しかし、近年の火星探査からは、そのような寒冷気候とは反する観察事実が多く報告されるようになった。そこでRamirez研究員らは、現在みられる巨大な火山群がかつては存在せず、流水地形と同時期に形成されたと仮定した。これら巨大火山群は火星に降雨を発生させるほど十分な温暖化ガス(CO2やH2)を発生させることとなる。
新たな仮定に基づき検討した結果、平均気温が-3℃から7℃の範囲において、現在観測されている火星表層の地質を説明するのに十分な降雨量が認められた。また、もし平均温度が-3℃を下回った場合、海は凍り、降雨を伴う水循環が停止することが明らかとなった。つまり、前者の温暖な場合にのみ、観測事実を説明することができるのである。
火星温暖化説は、本論文の発表以前にも提唱されていたが、海洋に存在した水が、火星気候の寒冷化に伴い大量の氷河地形を作ることが観測とは異なるため、問題とされてきた。一方、本研究の新しいモデルでは、「降雨を生じるほどには湿潤であるが、大量の氷河地形を形成するほどの水蒸気量ではない」という、半乾燥気候を提唱している。このステップ気候のような温暖かつ半乾燥気候は、数十万年から一千万年程度続いたと考えられる。Craddock研究員は「我々の研究は、過去の火星気候で形成されうるすべての地形学・地質学的特徴を調和的に説明しうる、初めての気候モデルとなった」と述べている。
Credit: Ramirez et al, Journal of Geophysical Research: Planets, 2020.
掲載誌 | Journal of Geophysical Research: Planets |
論文タイトル | Climate of early Mars with estimated precipitation, runoff, and erosion rates |
著者 | Ramses M. Ramirez1,2, Robert A. Craddock3, Tomohiro Usui1,4 |
所属 | 1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, Japan 2. Space Science Institute, Boulder, Co, USA 3. Center for Earth and Planetary Studies, National Air and Space Museum, Smithsonian Institution, Washington D.C., USA 4. Institute of Space and Astronautical Science (ISAS), Japan Aerospace Agency, Tokyo, Japan |
DOI | 10.1029/2019JE006160 |
出版日 | 2020年3月10日 |