近年、試験管内で再構成された無細胞のタンパク質合成系(無細胞翻訳系)の確立により、これまで細胞内では合成が難しいとされてきた毒性を示すタンパク質や細胞毒性を示す化合物を作るようなタンパク質、さらには通常のタンパク質には含まれていない非天然アミノ酸を含む人工タンパク質など、合成生物学への応用例が数多く報告されています。無細胞翻訳系では通常、3つのキナーゼとクレアチンリン酸によってタンパク質合成にとって不可欠なATPやGTPをリサイクルしています。ここで、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の研究者と共同研究者たちは、これらの3つのキナーゼを、始原エネルギー源である無機ポリリン酸を基質とする単一のポリリン酸キナーゼに置き換え可能である事を実証しました。ここで開発された単一キナーゼNTP再生法は、無機ポリリン酸の単純さを鑑みるに、地球で誕生した初期生命が利用していた反応系に類似している可能性があります。

 

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図1. ポリホスフェイトはATPおよびGTPの再生利用に使用され、GFP合成の翻訳を促進する。クレジット:Lucy KwokELSI

 

 

2000年代に入り、精製したタンパク質やリボソームといった細胞由来の成分を用いた再構成型の無細胞翻訳系(例:PUREシステム)が確立した事によって、細胞では合成されにくい、あるいは非天然アミノ酸を含むような人工的なタンパク質の発現が可能となりました。その結果、PURE システムは人工代謝系、人工細胞といった様々な合成生物学研究に応用されています。

 

メッセンジャーRNA(mRNA)が翻訳される時、1つのペプチド結合を形成するためにtRNAアミノアシル化にATP1つ、アミノアシルtRNAの輸送とリボソームのトランスロケーションにGTPを計2つ消費することで行われます。通常ATPGTPといったエネルギー通貨分子は細胞内の生化学経路によって再生されますが、無細胞系では複数種類のキナーゼと基質を使用した人工NTP再生系が必要です。

 

II型ポリリン酸キナーゼ(PPK2)は、補因子として金属カチオンを使用し無機ポリリン酸(polyP)を基質として、ヌクレオシド一リン酸と二リン酸の両方をリン酸化することが可能なホスホトランスフェラーゼの仲間です。

 

本研究では、ELSIの研究者らがバクテリアの一種Cytophaga hutchinsonii由来の高活性class PPK2PolyPの組み合わせをPURE systemに応用し、タンパク質の合成を試みました。その結果、PPK2が無細胞翻訳系の環境中においてPolyPを使って消費されたATPおよびGTPを再生できることを発見し、タンパク質の生産効率も高く維持されていることを明らかにしました。この新しい試験管内でのエネルギー再生系は、37℃で熱応答性ルシフェラーゼの発現も可能であることを示しました。

 

化学反応を促すためのエネルギーの持続的な供給は生命システムを維持する上でとても重要です。今回発表した単一キナーゼに基づいた新しいエネルギー再生系は、細胞タンパク質の合成を高い水準で維持しつつ系全体を単純化することに成功しました。今後PPK2ベースのNTP再生系を合成生体膜小胞に組み込むことで人工細胞への応用が期待されています。またPolyPは原始的な生命のエネルギー源と言われていることから、生命の起源に関連した細胞モデルのエネルギー再生系としても重要であると研究チームは考えています。

 

 

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図2. 無細胞でタンパク質合成するためにNTP再生を行う二機能性ポリリン酸キナーゼ(PPK2)。クレジット:Po-Hsiang WangSamuel BerhanuACS Synthetic Biology

 

 

 

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図3. 無細胞でタンパク質合成するためにNTP再生を行う二機能性ポリリン酸キナーゼ(PPK2)。クレジット:Po-Hsiang WangSamuel BerhanuACS Synthetic Biology

 

掲載誌 ACS Synthetic Biology 
論文タイトル  A bi-functional polyphosphate kinase driving NTP regeneration and reconstituted cell-free protein synthesis
著者  1Po-Hsiang Wang, Kosuke Fujishima, Samuel Berhanu, Yutetsu Kuruma, Tony Z. Jia, and Shawn E. McGlynn
2Anna N. Khusnutdinova and Alexander F. Yakunin 
所属  1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Japan
2. Department of Chemical Engineering & Applied Chemistry, University of Toronto, Canada
DOI  10.1021/acssynbio.9b00456
出版日  2019年12月12日