研究者は、しばしば、現代の生物が持つ要素は、初期生命にも共通であると仮定します。しかし、初期地球上では恐らく生体分子と非生体分子が混ざり合うということが起き、現在みられる生化学的反応は、生命誕生後に起きた自然淘汰による結果であることは明らかです。東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の研究者らは、生命の起源に関する非生体分子モデルシステムを研究するための新しい方法を提案しました。

 

 

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生命の起源の研究で協力した研究者たち
クレジット:Nerissa Escanlar(ELSI)

 

生命がどのように誕生したのかという謎はまだ解明されていません。現在の生化学モデルに基づき実験を進めることは合理的ではありますが、その場合、数十億年前の地球上では、多数の生体分子と非生体分子が互いに共存し、また相互作用していたという地球化学的な事実を見落とす可能性があります。ELSIの研究者であるIrena Mamajanov特任教授、Jim Cleaves特任准教授、Tony Z. Jia特任助教とその共同研究者らは、様々な異なる種類の分子を研究することが、生命の起源に関する研究にこれまでと異なる視点を与えると考え、新たな手法を提案しました。

 

生命が誕生する以前の初期地球に豊富にあったと考えられる分子の1つに、アルファヒドロキシ酸(以下αHAs)があります。αHAsの構造は、アミノ酸の構造と非常に似ています。アミノ酸は、現代の生命も利用する生体分子であり、タンパク質の構成要素です。αHAsは、おそらく初期地球上に存在しており、初期大気や隕石に含まれていたガスのさまざまな化学反応によって生成されたと考えられます。αHAsの溶液を単純な加熱によって水分蒸発させると、乾燥した単量体はポリエステルと呼ばれる重合体を自然に作ります。初期地球の条件下でアミノ酸の重合体(ペプチド)を形成することは可能ですが、ポリエステルの形成に必要なエネルギー量の方がはるかに少ないため、ポリエステルは初期地球で最初の重合体であるということは既に言われてきました。共著者のIrena Mamajanov特任教授は、生命の起源という観点からポリエステルに焦点を当てた、この分野での最初の研究者の1人です。Mamajanov特任教授は自身の経歴の大部分を初期ポリエステル系の研究に費やし、初期ポリエステルの重要な特性の発見に貢献しました (Mamajanov, Life 2019)。そこには、ポリエステルがどのようにペプチドの出現に直接寄与したのかを示す研究も含まれています(Forsythe, et al., Angew 2019)。ポリエステルは一般的に繊維分野において研究されていますが、実際にはこのように生命の起源に密接に関係している可能性があるのです。

 

初期地球の複雑な化学条件をシミュレーションした容器に、αHAsの混合水を入れ、加熱による乾燥と水分の追加を繰り返すと(これは、初期地球で発生したであろう降水と昼夜の水分蒸発サイクルをシミュレーションしています)、多様なポリエステルを生成します。このプロセスは、化学進化を通して複雑な重合体混合物が形成されたと考えられる過程の一つです。このことを示す初の実証実験は、共同研究者および共著者であるマレーシア国民大学のKuhan Chandru研究員によって実現されました(Chandru, et al. Comms. Chem. 2018)。その後、著者らは、ポリエステルの合成過程において長時間乾燥状態が続くと、ポリエステルゲルが発生する可能性があることを検討しました。このゲルは液滴を形成し、その結果、栄養塩の分離や区画化、分裂、そして脂質をつなぐ骨格となる能力など、生命に類似した機能を示します(Jia, et al. PNAS 2019)。これらの液滴は、初期地球における多様な化学反応と物質凝集過程に役立った可能性があります。

 

最終的に著者らは、生命の起源の研究分野において、「単純」な系を考慮するよりもより複雑な系に焦点を当てるべきであり、そして、おそらく初期地球に存在したであろうこの複雑な系が、現在の生命が利用しているかどうかにかかわらず、あらゆる種類の分子を取り込んだのであろうと提案しています。しかし、このような分析を行うためには、複雑な化学混合物を研究するための方法論および技術の開発が必要です。

 

共著者のCleaves特任准教授は、いわゆる「ポリエステル・ワールド」の最初の重要な支持者の一人ですが、彼は、このような研究は生命の起源の研究に欠かせないと考えています。「生命は結果的に現在利用している生体分子を使うというところに落ち着きましたが、最初の生命が誕生した時に存在していた分子が現在の生命を構成する分子と全く同じだと考える理由はなく、それを示す直接的な証拠もありません。おそらく、今ではもう利用されていないが、現代の生体分子が誕生した際に、何らかの役割を果たした生体分子もあるでしょう。」

 

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アルファヒドロキシ酸(左)の加熱による単純な乾燥(水分除去)により、ポリエステル重合体が生成できる(右)。このプロセスは迅速かつエネルギー的に有利。
クレジット:Chandru, K.、Mamajanov, I.、Cleaves, H.J.、Jia, T.Z. (2020)。

 

 

 

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アルファヒドロキシ酸の乾燥から合成されたポリエステルからできた無膜微小液滴の成形は、初期区画の成形におけるポリエステルの潜在的な役割を示唆。
Jia, T.Z.、 Chandru, K.、 Hongo, Y.、 Afrin, R.、 Usui, T.、 Myojo, M.、およびCleaves, H. J.からの許可を得て転載(2019)。
「生命の起源における原始区画としての無膜ポリエステル微小液滴」米国科学アカデミー紀要116(32):15830-15835
クレジット:Jia, T.Z.、Chandru, K.、他。


掲載誌  Life 
論文タイトル
Polyesters as a Model System for Building Primitive Biologies from Non-Biological Prebiotic Chemistry 
著者  Kuhan Chandru1,2, Irena Mamajanov3, H. James Cleaves II3,4,5,6 and Tony Z. Jia3,4 
所属  1 Space Science Center (ANGKASA), Institute of Climate Change, Level 3, Research Complex, National University of Malaysia
2 Department of Physical Chemistry, University of Chemistry and Technology, Prague
3 Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology
4 Blue Marble Space Institute for Science
5 Institute for Advanced Study
6 Center for Chemical Evolution, Georgia Institute of Technology 
DOI  10.3390/life10010006
出版日
2020年1月19日