今後実施される太陽系内生命探査の候補地として注目を集めているのが、熱水活動が現在進行中とされる土星の第2衛星エンケラドス(エンセラダス、エンケラドゥスとも呼ばれている)です。共同研究チームは、今回、エンケラドス模擬熱水環境実験を147日間にわたって行い、その結果6種類のアミノ酸から計28種類のペプチド*1が合成されることを同環境中で確認しました。本研究はエンケラドス内部海における化学進化に新しい示唆を与えるとともに、将来の生命探査でターゲットとする有機分子に制約を与える点で期待されています。
国立研究開発法人海洋研究開発機構 (JAMSTEC) の高萩航研究生(研究当時: 慶應義塾大学大学院)、渋谷岳造主任研究員、高野淑識主任研究員、高井研プログラム長、東京工業大学地球生命研究所 (ELSI) の藤島皓介特任准教授, および慶應義塾大学、ローザンヌ大学、東京大学大気海洋研究所からなる共同研究グループは、土星の氷衛星エンケラドスの海洋環境を模擬した高圧実験装置で、生命の構成要素の一つであるアミノ酸からペプチドが合成されるプロセスが存在することを実験的に証明しました。
[背景]
土星の第2衛星であるエンケラドスは直径が約500kmという小さな天体であるにも関わらず内部に全球的に広がる海を持ち、海水の一部がエンケラドス表面のひび割れから間欠泉のように噴き出すプリュームとして宇宙空間に放出されていることが探査と観測の結果からわかっています (図1)。NASAのカッシーニ探査機*2のデータから、プリュームには塩と氷で構成された固体成分のほか、アンモニアや二酸化炭素などの無機物質、そして単純な有機物が含まれていることがわかりました。また近年は、プリューム含まれるナノシリカや水素分子の存在から、エンケラドスが現在も熱水系を有していることが明らかになっていました。そこで今回共同研究チームは、炭素質隕石にも含まれる生命を構成する最も基本的な物質の一つであるアミノ酸に着目し、エンケラドス内部海を再現した模擬的な岩石―水反応場において、アミノ酸が高分子に至る化学進化の可能性を追いました。
[結果]
エンケラドスの岩石質のコアはカンラン石と呼ばれる地球のマントルの主成分と同じ成分でできているとされています。今回、共同研究チームは、エンケラドスにおけるカンラン石と熱水の反応を実験室内において140日強に及ぶ期間、再現しました(図2)。高圧且つアルカリ熱水環境 (>pH10) において潮汐加熱による加熱と冷却の再現 (30-100℃) を繰り返し行った結果、最終的に6種類のアミノ酸 (グリシン、アラニン、グルタミン酸、アスパラギン酸、セリン、バリン) から計28種類の多様なジペプチドが合成されることがわかりました(図3)。岩石無しで行った対照実験ではペプチド合成が著しく抑制されることから、エンケラドスでは岩石質のコアが触媒となり、 単純な有機物であるアミノ酸からさらに複雑な有機物であるペプチドへの重合反応が今現在も生じている可能性があります。
地球外生命体は存在するのか?これはアストロバイオロジーにおける大きな課題の一つです。現在、各国の研究機関が今後の太陽系内生命探査に向けた準備を行っていますが、現在でも活動的な熱源を持ち、生命につながる化学進化が進んでいる可能性が高いエンケラドスは生命探査の有力候補です。本研究はエンケラドス岩石表面において有機物の高分子化が進行する可能性を実験的に証明しました。したがってエンケラドスにおける生命誕生の可能性の議論にも一石を投じる研究であるといえます。
※2 カッシーニ探査機 : 2017年に運用を終了した土星探査機。エンケラドスやタイタンをはじめとする土星衛星系の理解に大きく貢献し, 特にエンケラドスに関しては内部海の直接的な証拠であるプリュームの噴出を確認したことなど, 後の太陽系内生命探査に繋がる先駆的な研究成果を残した探査機となった。
掲載誌 | ACS Earth and Space Chemistry | ||
論文タイトル | Peptide synthesis under the alkaline hydrothermal condition on Enceladus | ||
著者 | Wataru Takahagi1,2,3, Kaito Seo1,3,4, Takazo Shibuya1, Yoshinori Takano3,5, Kosuke Fujishima4,6, Masafumi Saitoh7, Shigeru Shimamura1, Yohei Matsui8, Masaru Tomita3,4 and Ken Takai1 | ||
所属 |
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DOI | 10.1021/acsearthspacechem.9b00108 |
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出版日 | 2019年10月11日 |