<プレスリリース>
- 海洋酸性化に対するN2O生成プロセスの応答を検証
- 海洋酸性化により北西太平洋でN2O生成が強まる可能性を示唆
- 将来の気候変化予測の精緻化へ結びつく結果
概要
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の吉田尚弘教授(地球生命研究所 主任研究者兼務)と豊田栄准教授らの研究チームは、北西太平洋の酸性化により、主要な温室効果ガスでありオゾン層破壊ガスである一酸化二窒素(N2O)の放出が増加することを発見した。
北西太平洋で船上培養実験を行い、酸性化によってN2O生成速度が増加することを確認した。これは従来、想定されていた仮説と真逆の現象である。この発見はスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)、東京大学および国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者らとの共同研究によるもので、11月11日(現地時間)付の「Nature Climate Change(ネイチャー クライメートチェンジ)」に掲載される。
研究の背景
二酸化炭素(CO2)の大気への放出量増加は地球温暖化の主たる原因となっている一方で、CO2が水に溶けると水素イオンを放出することから海洋を酸性化しつつあり、サンゴ礁などに影響が出始めている。海洋酸性化は、海水中の化学的な性質を変化させるため、炭酸カルシウムの骨格や殻を持つ海洋生物だけではなく、さまざまな生化学反応にも影響を及ぼす恐れがある。
米国科学アカデミー紀要に2011年に発表されたBemanらの研究論文では、海洋酸性化によって微生物のアンモニアを硝酸に変換する速度(硝化速度)が弱まることが明らかにされた。N2Oは、その変換過程の副産物として放出されるため、海洋酸性化によってN2O生成は弱まると想定されていた。
研究成果
研究チームは、2013~2016年に北西太平洋の亜寒帯から亜熱帯までの5ヵ所で海水を採取し、試料の水素イオン指数(pH)を意図的に下げて、海水中で硝化の副産物として放出されるN2Oの生成量がどのように変化するかを調べた。すると、全てのサイトで酸性化に伴いN2Oの生成が弱まることはなかった。
中でも亜寒帯の試料は、Bemanらの研究論文と同様に、酸性化に伴い硝化速度が弱まる一方で、N2Oの生成量は著しく増加した。さらに研究チームは、CO2の放出量が減ることなく酸性化が現在の速度(水素イオン指数で年0.0051の低下)で進めば、2100年には北西太平洋でのN2O生成速度は1.9~5.0倍になると見積もった。
今後の展開
今回の発見で、海洋酸性化により北西太平洋のN2Oの放出量は、減少ではなく増加する恐れがあることが明らかになった。しかし、N2Oには今回研究対象とした硝化以外にも複数の生成・消費プロセスがあり、海域によって主要な生成・消費プロセスは異なる。大気中のN2Oの増加は、温暖化を加速させ、オゾン層の回復を遅らせてしまう。酸性化に対する他のN2O生成・消費プロセスの応答とともに他の海域の調査が急務である。
- 謝辞
本研究は、スイス国立科学財団PBNEP2-142954、JSPS科研費JP23224013、JP15H05822、JP15H05471、JP17H06105の助成を受けたものです。本研究は、MR13-04、KS-16-8、YK16-16の研究航海で得られた試料を使用しました。
用語説明
[用語1] 15Nトレーサー : 窒素(N)には質量数14(14N)と15(15N)の2種類があり(同位体という)、自然界ではそれぞれ約99.6%、約0.4%の比率で存在している。15Nの比率を人工的に高めた窒素化合物を15Nトレーサーと呼ぶ。15Nトレーサーを自然の反応系の原料に微量加えると、生成する物質の15N比率がわずかに上昇するので、これを精密に質量分析することによって原料から生成物への15Nの移動を追跡することができ、反応速度を求めることができる。
論文情報
お問い合わせ先
東京工業大学 地球生命研究所 主任研究者
(教授、物質理工学院)
吉田 尚弘
Email: naohiroyoshida_at_elsi.jp
Tel: 045-924-5506
取材申し込み先
東京工業大学 地球生命研究所 広報室
Email: pr_at_elsi.jp
Tel: 03-5734-3163
Fax: 03-5734-3416
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