<共同プレスリリース>
太古の火星が生命生存に適した星だったことを 水の水質復元から立証!
金沢大学環日本海域環境研究センターの福士圭介准教授、大学院自然科学研究科 博士前期課程1年の森田康暉さん、東京工業大学 地球生命研究所の関根康人教授(金沢大学環日本海域環境研究センター客員教授)、米国・ハーバード大学のRobin Wordsworth(ロビン・ワーズワース)准教授、物質材料研究機構の佐久間博主幹研究員らの共同研究グループは、太古の火星に存在した水の水質復元に世界で初めて成功し、塩分やpHといった火星の水質が生命の誕生と生存に適したものであることを明らかにしました。
これまでの欧米による周回衛星や探査車の調査から、火星表面には河川跡などの流水地形や、水の作用で生成する鉱物が存在することが確認されており、約40~35億年前の太古の火星には液体の水があったことが確実視されています。しかし、生命の存否にとって重要となる、当時の水の塩分やpHなどの水質は分かっていませんでした。
本研究では、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査車キュリオシティ[用語1]が探査を行っているゲール・クレータ内部に存在した巨大湖に着目し、その湖底にたまった堆積物の探査データを、地球の放射性廃棄物処理分野で開発された手法で独自に解析しました。その結果、かつて火星に存在した水の水質が、地球海水の1/3程度の塩分で、pHは中性であり、ミネラルやエネルギーも豊富に含むことが分かり、生命の生存に適したものであることを明らかにしました。また、そのような塩分を達成するためには、100万年程度の期間、塩分やミネラルが河川を通じて湖に運ばれ、濃縮されることが必要であるということも分かりました。このような溶存物質の濃縮が起きる場は、生命の誕生にとっても必須と考えられています。
これらの知見は、“かつて水が存在した惑星”という火星の従来の描像を“生命の誕生と生存に適した惑星”へと塗り替える進展であり、その水質復元法は、近い将来、わが国の小惑星探査機「はやぶさ2」の帰還試料の分析にも応用されるものです。
本研究成果は、2019年10月25日10時(英国時間)に英国科学誌『Nature Communications』に掲載されました。
研究の背景
周回衛星や探査車による火星探査から、約40~35億年前の太古の火星には広範囲にわたり液体の水が存在した証拠が見つかり、過去の火星における生命存在の可能性が現実味を帯びて議論されるようになってきました。しかし、生命の存在可能性を検証するには、単なる水の存否だけでなく、水の水質(pH、塩分、溶存種濃度)や周囲の環境を明らかにする必要があります。現在、約35億年前に巨大湖が内部に存在していたゲール・クレータに、NASAの火星探査車キュリオシティが降り立ち、当時湖底に堆積した泥の堆積物に対して探査を行っています(図1)。キュリオシティは、堆積物中に水の作用で生成した鉱物や有機物などを見つけていますが、すでに失われた水の水質を復元することはできていませんでした。
ゲール・クレータにかつて存在した水環境を調査している(画像提供 NASA)。
研究成果の概要
本研究では、放射性廃棄物の地層処分研究分野で開発された水質復元手法(図2)を応用し、キュリオシティが得たゲール・クレータの堆積物データから、太古の火星に存在した失われた水の水質を独自に復元することに世界で初めて成功しました(表1)。
層状構造を有する粘土鉱物スメクタイトは層間に陽イオン(Na+、K+、Mg2+、Ca2+)を保持する性質を持つ。層間に保持される陽イオン組成は接触する水に含まれる陽イオン組成に応じて決定される(イオン交換平衡)。接触する水が消失した後でもスメクタイト層間には陽イオンが保持されるため、残された層間の陽イオン組成から、かつてスメクタイトが接触していた水の陽イオン組成に関する情報を得ることができる。さらに水の作用で生成した鉱物(塩など)がスメクタイトと共存している場合、それら塩と水との間の化学反応(溶解・沈殿反応)を考慮することで、陰イオン(Cl-、SO42-、HCO3-)組成やpHを復元することができる。
項目 |
単位 |
琵琶湖 |
海水 |
ゲール |
|
pH |
ピーエイチ |
(-) |
7.0±0.2 |
8.1±0.4 |
6.9 - 7.3 |
Na+ |
ナトリウム |
(mmol/kg) |
0.32 |
490 |
94 - 120 |
K+ |
カリウム |
(mmol/kg) |
0.04 |
11 |
1.4 - 4.4 |
Mg2+ |
マグネシウム |
(mmol/kg) |
0.09 |
55 |
35 - 60 |
Ca2+ |
カルシウム |
(mmol/kg) |
0.3 |
11 |
24 - 45 |
Cl- |
塩化物イオン |
(mmol/kg) |
0.25 |
570 |
110 - 250 |
SO42- |
硫酸イオン |
(mmol/kg) |
0.08 |
29 |
44 - 72 |
HCO3- |
重炭酸イオン |
(mmol/kg) |
0.71 |
2.4 |
2.3 - 16 |
表1. 本研究により復元されたゲール・クレータ湖沼堆積物間隙水の水質の結果
地球上の淡水湖(琵琶湖)や海水と同様にpHは生命にとって好適な条件である中性を示し、ミネラルを豊富に含む。
復元された水質は、pHが中性で、主な溶存成分は地球の海と同じナトリウムと塩素であり、これ以外にもマグネシウムやカルシウムなどのミネラルも多く含みます。また、塩分は地球海水の1/3程度であり、生命が利用できるエネルギー(酸化還元非平衡[用語2])も存在していたことが明らかになりました。復元された水質は、強酸や強アルカリ、高塩分といった生命を害するものではなく、生命の生存に極めて好適なものといえます。
このような湖の水質は、どうやって実現したのでしょうか。表面に残された地形から、ゲール・クレータ湖には、水が流入する河川はあるものの、流出する河川が無い湖だったことが分かっています。湖には、流入する河川などに溶けたわずかな塩分やミネラルが、水と共に供給されます。一方、流出河川の無いゲール・クレータ湖では、湖面から水が蒸発することによって、水の収支バランスが取れています。しかし、蒸発は水のみを失わせるため、供給された塩分やミネラルは湖に残され、長い期間をかけて濃縮されることになります。本研究では、地球の河川に含まれる典型的な塩分と気候モデルから導かれるゲール・クレータ湖からの蒸発率を使い、ゲール・クレータ湖の塩分が実現するために必要な塩分の濃縮期間を求めました。その結果、復元された塩分になるためには、初期火星に100万年程度の温暖期が生じ、その期間にわたって湖に塩分が運ばれ、濃縮される必要があることが分かりました。このような溶存物質が比較的長期にわたって濃縮される場は、有機物の重合・高分子化にも有利なため、地球生命誕生の場の候補とも考えられています。このように、本研究グループはゲール・クレータ巨大湖が、生命の生存のみならず、その誕生にとっても適した場であることを示しました。
今後の展開
40年にわたる探査の結果、人類は火星に対して“かつて水が存在した惑星”という描像を持つに至りました。しかし、水の水質や環境が不明なため、火星における生命に関する議論はどうしても推測の範疇を出ませんでした。本研究は、かつての火星の水質や環境を初めて定量的に明らかにしたものであり、人類が火星に対して抱く描像を“生命の誕生や生存に適した惑星”に塗り替えうる進展といえます。今後はキュリオシティのみならず、マーズ2020[用語3]やエクソマーズ[用語4]といった火星探査計画でも、本研究に基づく水質や環境の復元が可能となります。これにより、火星では生命に適した環境が広範囲に広がっていたのか、その環境はいつどのようにして終わったのかに迫ることができます。さらには、火星サンプルリターン計画[用語5]において、生命の痕跡が最も期待される試料を地球に持ち帰ることにもつながります。
本研究では、わが国の研究者が独自の視点で放射性廃棄物処理分野の手法を応用し、NASA探査チームでも成し得なかった水質の復元を行えた点は特筆すべきです。本研究で用いた水質復元法をわが国の小惑星探査「はやぶさ2」が採取に成功した、小惑星リュウグウの帰還試料に適用することで、太陽系初期に存在した微惑星[用語6]における水質や環境の推定も可能になります。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「水惑星学の創成」(領域代表者:関根康人)、金沢大学環日本海域環境研究センター共同研究の支援を受けて実施されました。
用語説明
[用語1] 火星探査車キュリオシティ : NASAによる火星探査ミッションであるマーズ・サイエンス・ラボラトリにおける探査車。キュリオシティはその探査車の愛称である。2012年から現在も、火星ゲール・クレータ内の湖底堆積物の探査を行っている。高性能カメラや温度・湿度・速度計などの環境計測装置に加え、火星の土壌や堆積物の化学組成や鉱物組成、有機物を分析するための装置を搭載している。
[用語2] 酸化還元非平衡 : 酸化的な環境と還元的な環境が混じり合っている状態。ゲール・クレータ内の堆積物には高い酸化条件のみで生成する物質であるアカガネアイトと還元的条件のみで生成する鉄サポナイトが混じり合って存在している。
[用語3] マーズ2020 : NASAによるマーズ・サイエンス・ラボラトリの後継探査ミッション。2020年7月に打ち上げ予定であり、かつて水が流れた痕跡のある火星上のジェゼロ・クレータに2021年2月に着陸予定。火星の堆積物の化学組成を分析する観測機器などを搭載するほか、火星サンプルリターン計画(※5)におけるサンプル捕集も行う。
[用語4] エクソマーズ : 欧州宇宙機構(ESA)による火星探査計画。第1段は2016年に打ち上げられた周回機(トレース・ガス・オービタ)であり、第2段が2020年に打ち上げされ、2021年に着陸予定の探査車。探査車には、火星の堆積物中の鉱物や有機物を分析する装置を搭載する。
[用語5] 火星サンプルリターン計画 : NASAとESAが共同で行う火星表層サンプルを地球に持ち帰る計画。マーズ2020がサンプル捕集を行い、2026年以降に打ち上げ予定の着陸機などによってサンプルを火星軌道に打ち上げて回収する。2030年代初頭の地球へのサンプルリターンを目指している。
[用語6] 微惑星 : 太陽系初期に存在していたと考えられる惑星の材料物質となった微小天体。リュウグウをはじめとする現在太陽系に存在する小惑星の多くは、微惑星が高速で衝突・破壊した結果、形成したと考えられる。
論文情報
お問い合わせ先
東京工業大学 地球生命研究所
教授 関根康人
E-mail : sekine@elsi.jp
Tel : 080-6708-0437
取材申し込み先
東京工業大学 地球生命研究所 広報室
Email: pr_at_elsi.jp
Tel: 03-5734-3163 Fax: 03-5734-3416
※このページは、東京工業大学公式サイトのこちらのページの情報を編集・転載したものです。