発表のポイント
◆冥王星とその巨大な衛星カロンは、地球と月の形成と同様に、原始惑星のジャイアント・インパクト(注1)によってできた。
◆そのジャイアント・インパクトの痕跡が、冥王星の赤道域に広がる褐色のクジラ模様、通称「クトゥルフ領域(注2)」だと考えられる。
◆地球形成領域から太陽系外縁部までにわたって、原始惑星同士が頻繁に衝突・合体する大変動を経て、現在の太陽系ができあがったことを示唆。
発表概要
2015年8月、探査機ニューホライズンズ(用語3)は、冥王星に初めて接近通過し、観測を行った。その結果、冥王星表面には驚くほど多様な物質や地形が存在していることがわかった。その中でも目を引くのが、クジラ模様の褐色の地域「クトゥルフ領域」である。クトゥルフ領域は冥王星の赤道域に存在しており、何らかの大規模現象でできた可能性があるが、その成因は全くの謎であった。
東京大学 大学院理学系研究科の関根康人准教授、東京工業大学 地球生命研究所の玄田英典特任准教授らは、このクトゥルフ領域が冥王星の巨大な月カロンが形成したときのジャイアント・インパクトの痕跡であることを示した。関根准教授は室内実験によって、冥王星に存在する単純な分子種が、およそ50℃以上で数ヵ月以上加熱されると、クトゥルフ領域に存在するような褐色の有機物になることを明らかにした。玄田特任准教授は数値シミュレーションによって、そのような加熱がカロン形成のジャイアント・インパクト時に、クトゥルフ領域と同程度の位置や広さにわたって生じることを示した。冥王星以外のカイパーベルト天体(用語4)にも、クトゥルフ領域に見られるような褐色物質が存在しているが、これまでその成因や多様性についての統一的な説明はなされていなかった。本研究は、カイパーベルトで頻繁に起きていたジャイアント・インパクトが、このような天体の色の多様性を生み出したという新たな描像も提案する。このことは、地球―月系の起源であるジャイアント・インパクトも含め、地球形成領域から太陽系外縁部までにわたって原始惑星同士が頻繁に衝突・合体するという大変動があり、これを経て現在の姿になったことを示唆する。
発表内容
冥王星は太陽系外縁部カイパーベルトに存在する準惑星であり、直径2,400 km程度の天体である。冥王星は地球と太陽との距離のおよそ30倍も離れた軌道を公転しており、大型望遠鏡をもってしても、地球から見ればほぼ点でしかない。地球と同じ太陽系のメンバーでありながら、その実態はほとんど謎に包まれた、太陽系に残された人類未到のフロンティアが冥王星であった。
2006年に打ち上げられたNASAの探査機ニューホライズンズは、9年の歳月をかけてカイパーベルトに到達し、2015年8月に冥王星に接近してフライバイ観測を行った。これは太陽系の未到領域に到達するという意味において、真に地平線を切り開く探査であったが、それ以上に人々を驚愕させたのは、探査機が明らかにした冥王星の姿に他ならない。研究者の多くは、冥王星をはじめとするカイパーベルト天体は、はるか昔に地質活動を終えた、クレーターだらけの退屈な氷の塊だと思っていた。しかし、実際の冥王星の表面を見ると、ハート形の氷河や氷の火山など、驚くほど多様な物質や地形に彩られていた(図1)。このような生きている天体"冥王星"の姿は全くの予想外であり、研究者だけでなく、広く一般の人々をも瞠目させるニュースとなったことは記憶に新しい。
図1.探査機ニューホライズンズによって撮影された冥王星(右下)とカロン(左上)の写真(画像提供 NASA/APL)。冥王星の左下に、褐色のクトゥルフ領域が見える。
そのような冥王星の多様な物質や地形の中で、ひときわ目を引くのが赤道域に存在するクジラ模様、通称「クトゥルフ領域」である(図2)。クトゥルフ領域は赤道域を中心に、幅およそ300 km、長さおよそ3,000 kmに広がる、褐色に彩られた領域である。探査機ニューホライズンズの取得した分光データから、クトゥルフ領域は、水氷と褐色の高分子有機物が混合した物質でできていると考えられている。これまで、冥王星に限らずカイパーベルト天体に存在する褐色物質の候補として、大気中の化学反応でできる有機物エアロゾルが考えられてきた。しかし、このようなエアロゾルは全球的に生成し、地表面に比較的均一に分布するはずであり、クトゥルフ領域のように地域性の高い褐色物質の分布を説明できない。クトゥルフ領域は赤道全体のおよそ1/3を占めるため、この形成にはかつて冥王星でおきた大規模な物理・化学過程が関わっているはずであるが、その成因は全くの謎であった。
図2. 探査機ニューホライズンズが撮影した画像を基に、メルカトル図法で作成された冥王星の地図(画像提供 NASA/APL)。下図の点線は、クジラ模様の褐色の領域「クトゥルフ領域」を模式的に示している。
関根准教授と玄田特任准教授らは、クトゥルフ領域の成因に関して、冥王星の巨大な月であるカロンの形成に注目した。カロンは冥王星の衛星であり、その直径は冥王星の約半分と非常に大きな衛星である。これほど主天体に対して大きな質量の衛星を持つものは、太陽系では冥王星―カロン系と地球―月系しかない。このカロンの起源としては、地球―月系と同様、原始惑星が冥王星に衝突したジャイアント・インパクト(巨大天体衝突)説が提唱されていたが、あくまで仮説の一つであり、実証的な証拠にかけていた。
関根准教授と玄田特任准教授は、冥王星にジャイアント・インパクトが起きた場合、衝突地点付近の氷が加熱されて広大な温水の海ができ、そこで冥王星に元々存在していた単純な分子種が重合反応を起こして褐色の有機物が生成されるのではないかと考えた。この仮説を検証するため、まず、関根准教授は室内実験により、ホルムアルデヒドやアンモニアといった、カイパーベルト天体に普遍的に含まれる分子種を含む水溶液を、温度と反応時間を様々に変えて加熱した。つまり、巨大衝突後の温水の海の中での化学反応を実験室で再現した。反応後の水溶液や生成した有機物の色の変化を調べた結果(図3)、およそ50℃以上で数ヵ月以上の加熱時間の場合、冥王星に元々含まれる物質から、クトゥルフ領域と同様の褐色の有機物が生成することが明らかになった。
図3. ホルムアルデヒドとアンモニアを含む水溶液を50℃で4ヵ月間加熱した可視透過スペクトル(左)と水溶液の写真(右)。元々の水溶液は無色透明だが、加熱によって複雑な有機物が生成し、水溶液の色が褐色になっていることがわかる。可視透過スペクトルを見ると、反応時間2か月程度まで褐色化が進行している。
玄田特任准教授は、このような温度条件が、はたしてカロン形成のジャイアント・インパクト時に達成されるのかを数値シミュレーションによって調べた(図4)。その結果、カロンのような大きさの衛星を形成する衝突条件の場合、ほぼすべてのケースでクトゥルフ領域と同程度の広さの加熱領域が冥王星の赤道域を中心に形成されることが明らかになった。つまり、カロンを形成するようなジャイアント・インパクトが起きた場合、その帰結として必然的に赤道域に褐色の領域が形成されるのである。裏を返せば、クジラ模様のクトゥルフ領域が冥王星に存在することは、ジャイアント・インパクトによって冥王星―カロン系が形成したことを強く裏付ける物的証拠と言える。
図4. 冥王星へのジャイアント・インパクトでカロンを形成する数値シミュレーションの計算結果の1例(衝突速度はおよそ1 km/秒で、衝突角度は60度)。左が各経過時間におけるスナップショットで、右が衝突後の冥王星の表面および深さ200 kmにおける温度分布。色のコンターは温度を示す。この衝突条件の場合、カロンと同様の衛星が形成され、冥王星の赤道域が広範囲にわたって50℃以上に加熱される。
本研究は、冥王星―カロン系が、地球―月系と同様、ジャイアント・インパクトでできたことを示すものである。さらに本研究の結果、衝突の速度や角度を変えると、全球が褐色になる場合やほとんど加熱されない場合が生じることなども明らかになった。カイパーベルトには、冥王星の他にもマケマケやセドナ、エリスといった大型の天体が存在するが、これら天体の表面の色には多様性があることも最近わかってきた。例えば、マケマケやセドナは全球的に褐色な一方、エリスは白っぽい色をしている。これまで、このようなカイパーベルト天体の多様性の起源について、これまで統一的な説明はなかったが、本研究は、かつてカイパーベルトではジャイアント・インパクトが頻発し、その結果として上記の多様性が生じたという、統一的な説明が、本研究で初めて提示された。
最新の太陽系形成理論によると、太陽系初期において火星よりも太陽に近い内側太陽系では、20個以上の原始惑星同士が数十回、ジャイアント・インパクトを繰り返して、現在ある4つの地球型惑星を作り上げたとされる。これらジャイアント・インパクトの引き金となったのは、木星や土星という巨大ガス惑星の形成と移動だと考えられている。そのような巨大ガス惑星の形成と移動が起きれば、海王星以遠の領域も同様に影響を受けて、原始惑星同士のジャイアント・インパクトが起きるだろう。本研究の結論は、巨大ガス惑星の形成と移動という最新理論とも調和的である。太陽系初期には地球形成領域から太陽系外縁部までにわたって、原始惑星同士のジャイアント・インパクトが頻発する大変動があり、これを経て太陽系は現在の姿になったと考えられる。
本研究の一部は、以下の研究費を受けて行われた。
- 科学研究費補助金 若手研究(A)・挑戦的萌芽研究(関根康人 26707024・16K13873)
挑戦的萌芽研究(玄田英典 15K13562) - 自然科学研究機構 アストロバイオロジーセンター・サテライト研究(関根康人)
用語説明
[用語1] ジャイアント・インパクト(巨大天体衝突) : 一般的に惑星形成の最終段階でおきる、直径1,000 kmを超える天体同士の衝突を指す。特に有名なのは、原始地球に火星程度の原始惑星が衝突して、地球―月系を形成したとされる巨大天体衝突である。
[用語2] クトゥルフ領域 : 冥王星の赤道領域に広がる、クジラ模様をした褐色の領域(名称は通称)。長さはおよそ3,000 km、幅はおよそ300 kmであり、水氷と褐色の物質(おそらく有機物)の混合物質からなる。多くの衝突クレーターが見られ、形成年代は古いと考えられる。
[用語3] 探査機ニューホライズンズ : NASAが2006年に打ち上げた、冥王星およびカイパーベルトを探査する探査機。2015年8月に冥王星とカロンに接近したのち、43.4 天文単位の位置に存在する、別のカイパーベルト天体である2014MU69に向かって現在宇宙空間を航行している。2014MU69への近接接近は、2019年1月に予定されている。
[用語4] カイパーベルト天体 : カイパーベルト(またはエッジワース・カイパーベルト)に存在する氷天体。カイパーベルトは、海王星以遠に存在する、大小様々な大きさの天体が円盤状に密集した領域である。物質的には主に氷と岩石の混合物からなり、ここに存在する小天体が短周期彗星になると考えられている。冥王星をはじめとして、エリス、マケマケといった準惑星も存在する。
論文情報
掲載誌 :
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Nature Astronomy(英科学誌 ネイチャー・アストロノミー)
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論文タイトル :
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The Charon-forming giant impact as a source of Pluto's dark equatorial regions
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著者 :
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Y. Sekine*, H. Genda*, S. Kamata, T. Funatsu(*の著者は、本研究に対して同等の寄与を行った)
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DOI :
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関連リンク
・プレスリリース記事「冥王星のクジラ模様は衛星カロンを作ったジャイアント・インパクトの痕跡だった」
・土星の輪、誕生の謎を解明 (October 17, 2016)
・ケンタウルス族小天体のリングの起源を解明 (September 12, 2016)
・火星衛星フォボスとディモスの形成過程を解明-JAXA火星衛星サンプルリターン計画への期待高まる-(July 5, 2016)
・地球生命研究所|研究者ページ 玄田 英典
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准教授 関根康人
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東京工業大学 地球生命研究所
特任准教授 玄田英典
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