John Hernlund(ジョン・ハーンルンド)
「生命」は地球システムの重要な構成要素である
「地球のシステムはすべて連鎖しています。ということは、地球も生命もどこかで必ずつながっていると考えるのは、ごく自然なことです。」
地球という惑星は、物質とエネルギーの交換によって相互に作用するいくつかの<サブシステム>によって構成されているという。具体的には、大気圏や水圏、固体地球圏などが当てはまるのだが、近年は生物圏も重要な構成要素の一つとされている。地球生命研究所(ELSI)所長の廣瀬を中心とするELSIの研究チームでは、これらサブシステムの相互作用により地球上で生命が生まれ進化を遂げてきたと推定し、生命誕生にまつわる謎の解明に地球の物性面、つまり熱や磁気など地球を構成する物質が持つ物理的および化学的性質の観点からアプローチしようと日々取り組んでいる。
地球誕生時から約40〜38億年前までの冥王代と呼ばれる時代には、太陽系形成時から続く小天体同士の激しい衝突が依然として繰り返されていた。当時の地表は現在に比べてはるかに薄く、激突した多くの隕石は内深部へと潜り込んでいき、代わりに衝突の影響で地表からはマグマが噴き出していたと考えられている。これら地球深部、太陽系、そして地表における「物質の交換」が、地球上の最初の有機体である生命をもたらしたことに深く起因していると、ジョンたちは考えている。
「生物を含むすべての物体は、原子で構成されています。人間の体は約60%が水分ですが、残り40%のうちの半分、つまり全体の約20%は炭素原子です。この炭素原子の元を辿っていくと、かつて足元から約3,000kmもの地下を循環していた核マントル境界地帯にあったわけです。同様に考えれば、今この瞬間にあなたが吸い込んでいる空気や口に含んでいる水には、40億年以上も前に太陽系外縁部を循環していた彗星の原子が含まれているかもしれません。このように、地球生命の誕生の背景には、宇宙全体の物質の交換が深くかかわっていると私たちは捉えているのです。」
知見と人脈をフル活用して複数のプロジェクトに参加
ジョンの立ち位置は、ELSI における研究分野の中ではDeep Earthに属する。その中でジョンが研究に携わっているプロジェクトは、次の3つである。
1つ目のプロジェクトでは、地球の進化の初期状態を解明することに心血を注いでいる。地球形成の初期段階では、小惑星や隕石が原始地球に衝突を繰り返して集積し、形成末期には火星と同じくらいの大きさの原始惑星が地球に衝突し(ジャイアントインパクト)月が出来たとされる。しかし、その後の地球の温度や地磁気などがどのように変化していったのかは解明されていない。初期地球からその後の変化が明らかになれば、地球システムのすべてを統合するモデリングが進めやすくなるというわけである。
2つ目のプロジェクトは、核マントル境界領域の地質学的構造を究明することが目的だ。現在、冥王代の手がかりは地表にはほとんど残されていない。この初期地球の状態を明らかにすべく、表層ではなく地球深部に潜り込んでしまったであろう当時の岩石に着目し、その地質学的構造の調査に取り組んでいる。具体的には、地震波トモグラフィーにより地球内部の地震波伝播速度の構造を3次元的に求めるなど、世界中の地震学者たちやELSIメンバーのクリスティン・ハウザーと協力体制をとりながら研究を進めている。
「もちろん、廣瀬所長の研究グループによる高圧高温実験装置「ダイヤモンドアンビルセル」を用いた研究ともコラボレートしています。集積した情報は、最終的には私の進化モデルに統合します。私の研究のポイントは、すべての情報をつなげて形にすることです。」
そして3つ目は、冥王代における火成作用を明らかにすることだ。地球内部と表面環境の間で行われる物質交換の主要なものの一つとして、火山爆発及びガス放出がある。これは古代のマントルの状態と関係する。しかしながら、これまでのモデリングの試みは非常に大雑把で極度に単純化されていることから、現在これらを通して初期地球を理解するまでには至っていない。今後ジョンは、ELSIの新メンバーたちと協力し、初期地球と現在の地球の違いを比較するため、マントルのダイナミクスとマグマの生成及び組成をつなげるモデリングに着手する。
ジョンの研究に関するプロジェクトはこの3つが中心軸となるが、もうひとつ忘れてはいけない重要なミッションがある。
「世界の第一線で研究を行う研究者から、前途洋々たる若手の研究者まで、国際的な採用活動っています。加えてELSIで進めている研究が革新的で、最先端であるか世界のどの大学・研究機関へでも届くよう、日々広報活動にも尽力しています。ELSIにおいて、学際的な研究ができる環境こそが、地球と生命の謎を紐解く重要な要素だと考えています。」
地球の中心から宇宙空間まですべてがフィールド
初期地球の内部構造を解明することは、最終的に他の研究とつながり、生命誕生の重要な手がかりとなるとジョンは考える。最大の関心は、この「生命誕生」というイベントが、特別なことなのか、それとも宇宙においては当然のことであるのか、その真実に迫ることだ。ゆえに、ジョンがかかわるフィールドは、地球内部、つまり地球表面から核に至る領域から、地球システムが物質とエネルギーを交換する太陽系の全ての地域まで、研究者としては実に幅広い領域にわたっているのである。
ELSIを通じて、これまでの知識やコネクションを総動員しながら壮大なテーマに取り組むジョン。そのELSIに、現在どんな想いを抱いているのか。
「ELSIはまだ生まれたばかりの機関です。文部科学省WPIプログラムの一環として非常に期待されている一方で、今後国際的な拠点として世界の主要な研究機関の中で国際的認知を獲得していくためには、従来日本の研究機関が抱えていた閉鎖的な状況に陥らないよう注力することが必要です。これには明確な処方箋はありません。解決することが非常に困難な問題ですが、ぜひやり遂げたいと思っています。」