自身の多様性は、生命の起源をめぐる謎を解明する上で大いに役に立つはずだ

フランス出身の鉱物物性学者Steeve Gréaux研究員は、「私たちが話す英語は完璧ではないかもしれませんが、研究者として『科学』という同じ言語を話しています」と言う。

東京工業大学 地球生命研究所（ELSI）に所属するGréaux研究員の同僚の多くが、同じように考えている。ELSIはこれまで世界中から研究者を雇用していて、現在は研究者の約半数が外国人だ。その出身国も、アルゼンチン、イスラエル、バングラデシュなど幅広い。

ELSIは、メンバーが出身国や背景の異なる科学者と共同研究を行うことを推奨し、短期または長期の滞在のために来日する外国人研究者が不自由な思いをしないように気を配っている。

ELSI愛媛大学サテライトに所属するGréaux研究員と、ELSIの主任研究者である地球史研究者の丸山茂徳教授とのパートナー関係も、ELSIの手厚い支援によって実現したものと言える。

Gréaux研究員と丸山教授はどちらも地球の形成に興味を持ち、ある岩石を探していた。今から40億年以上前、初期の地球の表面が部分的に溶岩に覆われていた時代に形成されたと考えられる岩石だ。

現時点では、初期の地球にこの岩石が存在していたことを示唆する証拠は見つかっていない。そこで、Gréaux研究員と、同じくELSI愛媛大学サテライトに所属する固体地球科学者の西真之助教のチームは、そうした岩石が地球のマントル深部に沈み込んだときにどのような物質に変化するかを実験により明らかにしようとしている。

マルチアンビル式超高圧発生装置を使って地球内部の高温高圧状態を再現することを専門とする研究チームには、ダイヤモンドアンビルセルという超高圧発生装置の専門家である舘野繁彦ELSIラボマネージャーも加わっている。

Gréaux研究員は、「専門知識を持ち寄ることで、プロジェクトを進めるのに必要な全分野をカバーすることができるようになるのです」と言う。

舘野ラボマネージャーは、「ELSIのように異なる分野の研究者同士の内部共同研究を推奨している研究機関は、日本にはそれほどありません」と説明する。

人と人とを結び付ける

2015年の冬にELSIは、米国ミネソタ大学からRenata Wentzcovitch教授を招聘し、長年の共同研究者であるELSI梅本幸一郎研究員との議論が行われた。2人の量子物理学者は氷の体積同位体効果に関する統一的な理論について議論を重ね、その成果を論文として発表した。この論文では、水素の軽い同位体を重い同位体と置き換えると、ふつうの氷では体積が増加するが、高圧下の氷では体積が減少する理由を説明している。

Wentzcovitch教授はブラジル人だが、「私たちのコミュニケーションには雑音が入りません」と言う。「言葉の問題ですか？ 言葉は必要ありません。心と心で直接コミュニケーションすることができるからです。」梅本研究員も同意する。「科学に関しては、日本人とブラジル人の違いは感じません。」

ELSIは海外の研究者の来日費用を負担するだけでなく、研究者が研究所外でワークショップを開くための費用や、若手研究者を海外に派遣して新たな関係を結ばせるための費用も確保している。事務部門は、研究者のアパート探しから研究費の申請書類の翻訳まで、外国人研究者の日本滞在をサポートしている。

互いに補い合う

フランス人の分析化学者Alexis Gilbert（現在は東京工業大学理学院地球惑星科学系に所属）は、３年前にELSIに参加して間もなく、地球生物化学者の上野雄一郎教授とペアを組んだ。「私は彼の問題を解決する手段を持っていて、彼は私が持つ手法に適した課題を持っていたのです」とGilbertは言う。Gilbertは、有機分子を形成させる化学プロセスを決定する手法を開発している。上野教授は、Gilbertの手法を用いて、最初の生命が誕生した場所とも考えられている場所で、そうした化学プロセスが起こり得ることを証明しようとしている。

Gilbertは、「ELSIは研究者同士の交流を促進するために多くの時間とスペースを提供しています」と言い、大小の交流スペース、ランチトーク、セミナー、ELSIの全員が参加する毎月のAll Meetingなどを例に挙げる。「メンバー全員が、他の研究者がどんな研究をしているかを、ある程度把握できています。だから新しい研究のアイディアについて雑談したり、自分の研究に他の分野の知識を採り入れることが出来るのだと思います。」

ELSIでは、多様な背景と専門分野を持つ科学者たちを日常的に交流しながら、人類最大の謎ともいえる地球と生命の起源と進化に挑んでいる。