伝統的な日本の大学のカルチャーの殻を破り、フラットで国際的な研究所として注目を集める東京工業大学地球生命研究所(ELSI)。今年で10年目を迎えたELSIの魅力や運営のコツについて廣瀬敬前所長が語った。

 

 

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ELSI全体のテーマとして、多くの研究者が一緒に研究できる大きなテーマを模索し、みんなで考えて出てきた答えが地球の起源だった、と廣瀬敬前所長は語る。Credit: Creative Commons

 

 


ELSIのテーマである「地球と生命の起源」の成り立ちについて教えてください。

 

ELSIは、東京工業大学の地球惑星科学科が母体になっています。新しい研究所を立ち上げるということだったので、多くの研究者が一緒に研究できる大きなテーマは何かと考えました。みんなで考えて出てきた答えが、地球の起源だったんですよね。地球という惑星の誕生と、マグマオーシャンや地球のコア(中心核)が出来た一連のイベントは同時期に起きていて、まずその部分に焦点を絞ろうという話になりました。おそらく地球が出来てそんなに時間が立たないうちに生命が誕生しただろうと我々は思っているので、地球の成り立ちから地球の初期進化、そして生命の誕生までをターゲットにしようというのが成り立ちです。

 

 

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ELSI最初の10年の所長を務めた廣瀬敬教授

 

 

 

これまでにELSIでどのような見がありましたか?

 

地球の起源に関しては、地球形成時にマグマオーシャンの中で起こったことの理解が進みました。いまの地球の表層は基本的に岩石ですが、岩石が全部溶けた状態で地球全体がマグマで覆われていた時期があったとされています。地球は、マグマオーシャン状態を経て、大気+海、マントル(岩石)、コア(金属)の3つに分かれました。地球のみならず金星、証拠はまだないけど火星などいろんな惑星の「出発点」になっているマグマオーシャンの役割をよりはっきりさせることができたということですね。

 

それから私たちは「もともと全く生命がいなかった地球にどのようにして生物が生まれたのか」というところに興味があります。例えば、いまは地球には二酸化炭素は0.04気圧しかないのですが、もともとは100気圧くらいあったはずなんですね。その状態から生命を出発させなきゃいけなかった。二酸化炭素を主体とする大気はとても酸化的ですが、われわれ生命はずっと還元的な有機物でできています。当時の炭素は二酸化炭素がメインだったはずなので、それをどのように我々の体みたいな還元的な炭素にしていくかというのがすごく大きな問題でした。

 

私たちが見つけたすごく大きな成果としては、地球上の熱水が噴き出しているところには電気の流れがあって、その電気の流れを使うとそれまで大気中にたくさんあった二酸化炭素が一酸化炭素になり、さらにそれがさらに還元されて生命の材料であるアミノ酸などを作っていくことが分かりました。

 

ELSIの魅力的なところはどこですか?

 

非常に国際的で開放的でフラットなところです。伝統的な大学のシステムってやっぱり教授が偉いんですね。教授、准教授、助教がいて学生がいるというようなピラミッドシステムになっています。日本だけでなく世界でもそうです。ELSIは全くそんなところじゃなくて、例えばうちのチームの研究分野に一番近いポスドクが研究テーマの全然違う先生と共同研究したりしています。そういうのを私はフラットと言っています。普通は、教授の言う通りにポスドクが動いてくれるみたいになっていて、逆にポスドクからすればある特定の先生に言われた通りにやらなければならない。ELSIではそういう必要が全くない。要するにポスドクが自由だってことなんです。そういうところはELSIの大きな魅力だと思います。

 

 

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廣瀬敬前所長、ELSIの仲間たちと。

 

 

  

ELSIの国際色が豊かな秘訣はなんですか?

 

日本は国際化が遅れていると常に言われています。そういった場合に各大学が頑張っていることは留学生の確保ですが、それには限界があります。とにかく一番大事なことは、優秀な外国人の先生を日本に連れてくることだと考えています。WPI拠点の中でもそれを本当に一番うまくできたのはELSIだと思います。

 

なぜそれがうまくいったかというと、基本的に私らは、外国人のリクルートは外国人にしてもらっています。例えば私が「日本いいところだからぜひおいで」と外国人にいくら言ってもあまり効果はないけど、ELSIにいるアメリカ人がアメリカ人に声をかけるとものすごく効果があります。もちろん、そうして日本に来てくれた外国人がハッピーでなくてはしょうがないので、例えばその教員の子どもが熱を出した時にELSIのスタッフが子どもを一緒に医者に連れて行くなどの生活のケアや日常的なサポートを行っています。

 

 

この10年間でELSIが最も成長したところについてお願いします。

 

まず母体となったのが地球惑星科学の研究者たちだったので、そこに生命の起源に興味がある人たちを呼んで、いままで共同研究したことがなかった地球と生命の科学者に、ある意味半強制的に共同研究を始めてもらったっていうのが初期のELSIです。

 

多くの場合、日本の組織はかなり縦割りになっています。例えば地球惑星科学科と生物学科があった場合、その二つの学科は同じ建物にあるかもしれないけど、そこで共同研究をすることなんて普通はあり得ない。いままで話したこともない人たちと、なんとか共同研究を始めるというのが最初に私たちに突き付けられた大きなチャレンジでした。最初の数年間は手探りの状態でやっていました。

 

そのうち人も増えてきて、いろんな人を海外から短期や長期で呼んで、人の流れがどんどん活発化していくと、今度はELSIが国際的に知られるようになってきて、そうすると人も呼びやすかったですし、共同研究ももっと自然な形でうまくできていったと思います。

 

国際的にも魅力的な究所であり続けるために大事にしていることは何ですか?

 

大事なことは、やっぱりELSIに人が集まってきてくれることです。人の流れの中にELSIがちゃんと位置づけられているということですね。国際的な頭脳循環みたいなものがあって、例えばフランスでドクター終わった人が、ポスドク先としてヨーロッパやアメリカに注目しているかもしれないけどその中にELSIという選択肢がちゃんとあるということ。あとは、いろんな機会を作ってELSI中心に共同研究提案っていうのをどんどんしていって、こちらからいろんな人を集めるっていうことですよね。簡単に言うと国際的な研究者コミュニティの中で常に一つのハブとしての役割を持ち続けるっていうということです。

 

ELSIは2022年には10周年で転機を迎えます。これからのELSIにコメントをお願いします。

 

ELSIへのWPIからの大きな支援というのは今年度で終わりで、それに合わせて私も所長交代することになっています。次の所長の関根さんは非常に若くて考え方がしっかりしている人です。いままでは、地球と生命の起源に関わりがあればいいという感じで割とバーッと手を広げていたのだけど、ELSIの第二期はフォーカスをより明確にやろうとしているので、ぜひ次のELSIの発展をご覧ください。

 

 

*世界トップレベル研究拠点プログラム(World Premier International Research Center Initiative: WPI)は文部科学省の事業。ELSIは日本全国14ヵ所あるWPI拠点の一つだ。

 

 

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広報室注:この記事は、2021年度にAsia Research News 誌に掲載されたものです。