東京工業大学地球生命研究所(ELSI)は今年、転機を迎える。10年前の設立当初からのテーマであった「地球と生命の起源」から踏み出し、地球外生命の可能性まで研究対象を広げていく。新所長の関根康人教授にこれからのELSIが目指すところを聞いた。
これまでとこれからの10年間のELSIについて教えてください。
これまでの10年間でELSIは、分野融合によって生命の起源を地球の形成と進化の帰結の一つとして理解するという土台「ELSIモデル」を作りました。
ELSIモデルは、生命の起源を単なる化学反応として理解するのではなく、太陽系の形成から現在の生命圏や人間圏ができるまでの、一連の地球生命間の相互作用の一つの帰結として理解するためのものです。
太陽系の起源から現在までの間には、地球が今の姿になる上で重要な分岐点がいくつかありました。この分岐点で異なる方向に進んでいたら、地球は今のような星ではなく、生命も誕生していなかった、あるいはまったく別の形の生命が誕生していたかもしれない、そのような分岐点と地球・生命が誕生するための選択を表したのが、ELSIモデルです。
これからの10年では、ELSIモデルに基づき、これを発展させ、地球だけでなく太陽系の他の惑星や衛星、太陽系外の惑星にこのELSIモデルが適応できるのか、地球外でも生命は発生することができるのかを理解したいと思っています。
地球外の生命の可能性を考える上では、JAXAやNASA、ESAとも有機的な協力関係を作る必要があります。これにも次の10年では力を入れます。ELSIが予測した、地球外生命が火星などで見つかるようなことがあるのではないかと期待しています。
現在、ELSI全体のテーマは「地球と生命の起源」ですが、このテーマも変化していくということでしょうか。
ELSIはテーマを「地球と生命の起源」から「Universal Biology」にも移していきます。「Universal Biology」の概念の創成することを大目標として、地球以外にも生命を宿す惑星の可能性を明らかにしていきます。生命の普遍性を追求すれば、おのずと地球を飛び出して宇宙における生命を考える必要があります。
地球外生命は、その惑星・衛星の環境に適応した生命であるはずです。惑星や衛星の環境で出現し、適応し、進化しうる生命とはどのようなものか、合成生物学という生命を部品から作っていく学問領域をELSIに新たに加えて、「ありうる地球外生命のカタチ」を探求しようと思っています。これは海外でも行われていない、斬新な実験的試みです。
具体的には、合成生物学で地球の生命あるいは地球外の生命を含めた異なる生命の形を、機能を持つ分子たちからデザインして作っていきます。地球の生命の起源だけでなく、まだ見ぬ異なる生命の形を理解するにはこうしたアプローチが必要です。
関根先生自身は、研究者としてどんな研究を行っていますか?
私自身は、地球を含めた太陽系天体が持つ、大気や海洋の起源・進化について興味を持って研究しています。特に、化学的な側面から、天体の大気や海洋の化学組成が、どのように進化し、どのような要因でそれが決定されてきたのか、理解したいと思って研究しています。研究手法は、室内実験、探査データの解析、数値モデル、野外フィールド調査など、多岐にわたります。
なぜELSIで研究をしようと思ったのですか?
私がELSIに来たのは、2018年6月です。3年半くらいが経ちました。ELSIで研究しようと思ったのは、生命科学や複雑系科学といった分野との密接な共同研究ができると思ったからです。
私のこれまでの研究歴では、化学に着目した研究を行ってきましたが、10年ほどが経ち、地球外生命に本腰を入れて研究するためには、そろそろ生命科学の方向へ軸を移す時期が来ていると感じたからです。
次の10年間で、ELSIはどのような研究所を目指していきたいですか?
ELSIが標榜する「生命の起源」や「地球外生命」は、一般からも関心が高い分野です。ELSIは、世界中の誰もが思うような、皆さんの「夢や好奇心を集めるランドマーク」になっていきたいと思っています。一部の億万長者だけが支援する特別な研究所でもなく、また逆に、国家が国策により多大な資金を投入するような研究所でもなく、人類が普遍的に持つ好奇心を満たし、夢をかなえることで、皆さんに支えられて持続する研究所を目指したいと思っています。これができるのは世界でも限られた環境だけだと思います。そして、日本はそのうちの一つの場所だと思っています。
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広報室注:この記事は、2021年度にAsia Research News 誌に掲載されたものです。