地球の中心部の物質を研究しながら、共に研究をしている仲間が働きやすい環境を作るのが五味斎特任助教の日常だ。所属先の東京工業大学・地球生命研究所(ELSI)で地球科学者として行う研究活動と、ラボマネージャーの役目について、お話しを伺った。
Q:地球科学とはどんな学問ですか?その中で、先生はどんな研究を行っていますか?
地球科学というのは、文字通り「地球」を研究対象にする学問ですが、実際には地球以外の惑星や恒星である太陽、衛星である月なども研究対象に入ります。私の所属する地球生命研究所では、「地球と生命の起源に迫る」という大きなテーマを掲げて研究を行っているため、その研究対象は生物にも及んでいます。
広大な専門領域の中で私が着手しているのは、地球や地球に似ている水星や火星、金星などの太陽系の惑星と、太陽系外のスーパーアースと呼ばれる地球型惑星の深部の物質の研究です。惑星の深部は、非常に高い圧力と高い温度の状態にあり、例えば地球の中心部分は約360万気圧・6000℃に達していると考えられています。こうした過酷な条件では、物質の密度、音波の伝わる速さ、電気や熱の伝わりやすさなど、いわゆる物理的性質が我々の住んでいる地球表層のものと大きく変わります。
高温高圧状態での物理的性質を知るために、実験室で高圧実験を行って実際にその状態を再現したり、計算機内で数値的に再現する数値シミュレーションなどを行っています。
私たちの研究は、マントルと呼ばれる地球核の外側層の物質の対流がどのように起こっているのか、地球の磁場がどのように作られているのか、などを明らかにするための基礎知識となります。最終的には「地球がどのようにしてできたのか?」「地球という惑星がどの程度特別な存在なのか?」「似たような惑星はたくさんあるのか?」「生命はどのように誕生したのか?」などといった問題を解き明かしていきます。
手のひらサイズにも関わらず、地球の中心部で発生する365万気圧を超える高圧力を発生させることが可能なダイヤモンドアンビルセル装置。 ダイヤモンド製の堅い物質が内部に入っている。
Credit:Hitoshi Gomi
Q:これまでに、どんな発見がありましたか?
私は、地球の中心部にある金属核の熱伝導度を求める研究をやってきました。熱伝導度というのは、熱の伝わりやすさを示します。重要な結論として、金属核の熱伝導度は、私の研究以前の見積もりより、はるかに高いであろうことが分かりました。熱伝導度が思っていたよりも高いという事は、中心核が思っていたよりも速いペースで冷えていたことを意味します。地球ができたのは46億年前であることが分かっているので、冷えているペースから逆算していけば、地球ができたばかりの中心核がどの程度の温度だったのか知ることができます。高温・高圧条件にある物質の熱や電気の伝わりやすさ、いわゆる輸送特性を精密に求めることはとても難しいのですが、今後は熱伝導度以外の物理的性質を調べていきたいと考えています。
パソコンを20台並列接続したPCクラスタで数値シミュレーションを行い、高温高圧状態にある物質の性質を調べる。Credit:HitoshiGomi
Q:地球科学者になろうと思ったきっかけは何ですか?
単純に高圧の地球科学の研究が面白かったからです。世の中に興味深い研究対象というのは色々あると思いますが、高圧の地球科学という分野は「まだ全然分かっていないけれど、ちょっと頑張れば分かりそう」と感じる研究テーマが、とにかく沢山ある印象です。重要な研究テーマであっても、手も足も出なければ楽しめません。そういう意味で、高圧地球科学は私にとってちょうどよいバランスだと思っています。
Q:ラボマネージャーとはどんな職種ですか?
地球生命研究所では、大まかな分野ごとに研究室がUnitというグループに分けられています。例えば、Unit-Aは天文学、Unit-Bは生物学といった感じです。複数の研究室をグループ分けすることで、共同で利用する実験装置の管理などが円滑に進められるようになっています。これらの各Unitにラボマネージャーが配置されており、実験装置などの管理を任されています。
私が担当しているUnit-Dは、高圧鉱物物理学、アストロバイオロジー、古地磁気学を専門領域とする3つの研究室から構成されており、各研究室のオーバーラップは比較的少なめです。
Unit-Dの管理下で一番有名な実験装置は、電子プローブマイクロアナライザー(EPMA) です。これは、いわゆる電子顕微鏡の一種で、Unit-Dの研究室に限らず、地球生命研究所外の研究室の方にも広く利用されています。こういった外部の研究者の受け入れもラボマネージャーの仕事の一環です。
それから、ラボマネージャーや実験室運用に関わる研究者たちで組織されているLab Manager Committee (LMC)では、メーリングリストなどを通じて、研究所全体での実験の方針を決めたりします。例えば、コロナ禍において、研究者や学生の感染リスクと、研究遂行のバランスをどのようにとるかなどについて議論します。
地球科学者の五味斎特任助教
Q:ラボマネージャーになって新たに身についたスキルはありますか?
ラボの実験装置を管理する上で、すべての実験装置を深く理解して、すべての問題を一人で解決できる、というのが理想なのかもしれません。ですが、複数の研究室にまたがるUnitでそれは現実的ではありません。それぞれの実験装置には、その装置を深く理解しているユーザーがいるものです。なにか問題が起きたとき、そういった上級ユーザーの人たちと、問題解決のために上手にコミュニケーションをとれる、というのが重要なスキルだと思います。
ラボのマネージメントを行うという立場上、私個人の裁量が大きいのは、良い点でもあり、難しい点でもあると思います。この点の良さを活かせるように、自分の実力向上をすることが目下の目標です。
Q:最も達成感を感じる時と、これまでの最大の教訓を教えてください
やはり一番楽しいのは、自身の研究活動です。論文が受理された時、研究室内のセミナーや学会で発表を面白いと言ってもらえた時など達成感を感じる場面は色々あります。滅多にないのですが、自分の新しいアイデアが、これまでよく分かっていなかった問題点・矛盾点をピッタリ説明できることに気づいたときは、最高です。
研究活動やラボマネージャーとしての活動ともに反省点は幾つもありますが、未だに何もかも手探りでやっている状況なので、これが私の最大の教訓ですと言えるようになりたいです。
Q:地球科学者を目指す・ラボマネージャーになる研究者にアドバイスをお願いします
地球科学の研究も、ラボのマネージメントもどちらもやりがいがある仕事です。いつか一緒に働ける日を楽しみにしています。
この記事はAsia Research Newsに掲載されたものです。