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化学反応が起きるまで何ヵ月も置かれているたくさんの小瓶。長い時間がたったあと、生命の起源にとって非常に重要な触媒を作り出すものもあります。(Marc Kaufman)

過去数世紀のあいだ行われてきた実験室での化学実験はすべて、実験開始から終わりまでにかかる時間が実質2日かそれ未満です。これらの実験は多くの成功をもたらしましたが、地球生命の起源に繋がったかもしれない化学反応については、事実上無視してきたといえます。

極めて初期の地球では、化学反応はゆっくりとしたペースで進んだ可能性があります。当時の地球上では、前生物的化学反応とそれに続く生物の化学反応を促進する触媒は、仮に存在していたとしても、不完全な形でしか存在していなかったからです。現在の生物の機能は、効率的で非常に特殊な触媒によって支えられているのです。

2014年にChemical Society Reviewsに掲載された論文によると、実施された化学実験のうち97%のものは2日以内に終了しています。そこで5年前、短時間かつスピーディに進む化学反応の研究において何が見逃されてきたのかを確認するため、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の研究者らは、数か月あるいは数年かかるような実験に取り組むことを決めました。

人工生命の専門家であるNathaniel Virgo特任助教と有機地球化学者であるJim Cleaves特任准教授は、非常に簡単な陳列棚をつくり、そこに様々な種類の簡単な無機物質をいろいろな組み合わせで入れた、200個の小さな小瓶を並べました。一般に、化学反応は、加熱によって進んでしまうので、彼らは小瓶を常温に置き、化学反応が起こるのを待ちました。

彼らが求めていたのは、小瓶の内部で起こる色の変化でした。最初の数か月間は何の変化も見られませんでしたが、3~4ヵ月後、きわめて興味深い事が起きました。一部の小瓶の色が変わり始めたのです。そして、Cleavesによると、半年以内に小瓶の約5~10%の色が変わりました。
「小瓶の様子を見るためにカメラを取り付けましたが、長い間何の変化もなく、ただ待ち続けました。すると突然、様々な色の変化が起こり始めたのです。」とCleavesは続けます。「ずらりと並んだ小瓶のいたるところで様々な色の変化が見られました。短時間で行うような実験では、こうしたことは見ることができませんでした。」

 

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ELSIの実験室B11で長期間に渡る自己触媒実験の結果を確認するJim Cleaves特任准教授とIrena Mamajanov特任教授。(Nerissa Escanlar)

それから4年後、これらの実験にさらに変化を加えた実験が進行中です。現在、ELSIのIrena Mamajanov特任教授を含む研究者たちは、非常に重要な何かが起こっているのではないかと確信し始めています。明らかに安定した状態が数ヵ月続いた後に、突然色が変化したことは、興味深い化学反応が起こっていることを示しています。

もし遅発の化学反応が実際に突然起こったのだとすれば、非常に重要な現象である自己触媒作用を目の当たりにしているのかもしれないと研究者らは言います。自己触媒作用とは、化学反応によって生じた生成物がその反応を促進する触媒として機能する反応です。自己触媒反応が生まれるプロセスは、まだ生命が誕生する前の地球において必要不可欠だったと広く考えられています。それによって、ゆっくりと進む化学反応や地質学的現象が、長い時間をかけて、素早く反応する生物の世界へと変化を遂げたのです。実際のところ、自己触媒作用は生命の起源に関する研究において最も難しい謎の一つなのです。

研究者らは実験結果の分析を続けていますが、特に、汚染物質の混入による色の変化を排除するための努力をしています。おかげで、これまでのところ微生物の混入は見つかっていません。

というのも、フランスのルイ・パスツール(Louis Pasteur)は、19世紀に、前生物的な自己触媒作用を示す実験結果があると主張しました。しかしそれらは、微生物、あるいは別の化学的反応によって引き起こされたことが知られています。こうした歴史を踏まえ、ELSIの研究チームは、分析作業や研究結果の発表を慎重に進めています。非常に多くの紛らわしい要素が潜在的にある状況ですが、Slow Chemistryの論理に沿って、実験と分析を徹底することが重要だと研究者たちは考えています。

 

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化合物のホルムアミドは高温で加熱すると水中ですぐに黒くなります。しかし、ELSIに置かれた小瓶では、常温で6ヶ月経過した後に黒く変色しました。これは、変色を急速に進める触媒を常温で生成した極めて珍しい反応の一例です。 (Haihang Industry Co., Ltd.)

とはいえ、実験結果の中にはすばらしいものもあります。例えば、Cleavesは、試薬の中でも特に、ホルムアミドと水を入れた小瓶で発生した非常に変わった反応について説明してくれました。ホルムアミドとは透明な液体で、水と完全に混合することが可能です。アンモニアのような臭いがしており、あらゆる医薬品、除草剤や農薬の製造、およびシアン化水素(HCN)製造の化学原料となっています。

ホルムアミドは、シアン化水素(宇宙のいたるところにある化合物)と水を組み合わせることで生成できます。逆に、ホルムアミドをシアン化水素やその他の化学物質に戻すには、通常120℃(266)以上に過熱する必要があります。その過程で、小瓶の中の物質は茶色から黒に変色します。

ELSIの実験室におかれた陳列棚では、6ヵ月たった後に、小瓶の中身が突然黒く変色しました。この反応は常温で起こりましたが、そのことは極めて珍しいことでした。

「わたしたちは、ホルムアミドが反応する可能性があると知っていたので、反応したこと自体は驚くことではありませんでした。」とCleavesは続けます。「しかし、私たちの実験は高温ではなく常温で行われたものだったので、それは間違いなく驚くべき変化でした。加熱すると化学反応は加速されますが、ここでは同じことが数ヶ月かかって、かなり低い温度で起きたからです。
これは自己触媒反応だったのでしょうか?その可能性はあると思います。」

時間の経過とともに同様の変色が他の小瓶でも起きていますが、独自の触媒を生成する化学反応の結果である可能性があります。ものによっては、変色した化合物のサンプルを元の化学物質が入った小瓶に一緒に入れると、元の化学物質がより速く変色したものもありました。それは、新たに生成された触媒だと思われるもので変色し、それを繰り返すと、さらに変色速度が速くなりました。

計算物理学者であるNicholas Guttenberg(*テキスト執筆当時ELSIの研究者で、現在はELSIのアフィリエイトサイエンティスト)は、自己触媒作用のモデルに取り組んでいますが、陳列棚の(暫定的な)結果について、「私の考えでは、この研究は、これまでELSIで行われてきた生命の起源の研究を根本的に前進させる最も重要なものです」と述べました。

 

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ELSINathaniel Virgo特任助教は、人工生命と生命の起源に関する理論家です。彼は、自己触媒現象を生成する可能性のあるSlow Chemistry実験を最初に思いつきました。そこで、彼は実験家であるJim Cleaves特任准教授のもとへ行き、様々な成果をあげる実験を2015年に計画しました。(Nerissa Escanlar)


3人の研究者たちがこの実験で協力しているのは、彼らが行っている研究がかなりオーバーラップしているからです。

Virgoは、初期地球の化学的カオスから秩序がどのように生まれたのかに重点を置いて研究を行っています。彼は、進化論の進化、自己触媒や複雑系など最先端のトピックに焦点を当てた理論家です。Virgoは、現象や環境の明確なパターンを探し、まだ十分にわかっていない生命の特徴を見つけようとしています。

生命の主な特徴は、もちろん進化する能力です。Slow Chemistryを見るための陳列棚をつくろうとしたVirgoの動機は、化学物質が生物のように進化することが可能なのかという疑問に答えることでした。

「生命は化学反応が進んだことによって誕生したのですから、生命と化学反応の間には途中の段階があるはずです」とVirgoは言います。「ある化学系がその中間領域に少しでも入れば、別の系がより頑強で優勢にならない限り、その化学系は生命に向かってどんどん進むことができるでしょう。自己触媒はこのプロセスで重要な役割を果たしているはずだと考えています。」

Cleavesは、彼の元指導教官であるStanley Millerの伝統を受け継いだ実験家です。Millerは、理論に基づき実験を行い、ある象徴的な実験を成功させました。それは、生命とは関係のない化合物の集まりに電気放電を与えることで、アミノ酸など、生命にとって重要な化合物を合成できることを証明した実験です。ユーリー・ミラーの実験は、生命のない初期の地球において、時間の経過と共に生命がどのように誕生したのかを理解するための道を開きました。

Mamajanovは「Messy Chemistry(乱雑な化学)」分野の先駆的研究者です。Messy Chemistryは、生命のない世界から生命のある世界へと続く唯一の道のりであり、明確に定義された経路でもあります。Messy Chemistryは生命の起源の研究所における手段のひとつとなっています。

 

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AgoraでポーズをとるCleaves特任准教授とMamajanov特任教授。(Nerissa Escanlar)


「すべては無秩序な状態から(ある意味それが原因で)始まり、長い時間をかけて、秩序と機能が形成されていきます。生命の起源は、莫大な数の構成要素がある初期地球の複雑系の中で見つかると考えるのが最も論理的ではないでしょうか?」とMamajanovはここ数年間、問い続けてきました。

3人の研究者たちは、地球上の物質が初期の無秩序かつ化学的状態から、どのようにして自己組織化、自己触媒化、そして最終的に自己複製するようになったのかという一般的観点から生命の起源の問題に取り組んでいます。人工生命体や生命の起源の実験では、因果関係のよくわからない複雑な側面が出てきます。しかし、彼らはそれを無視することはありません。それらの側面は、研究における障害ではなく、生命誕生の可能性を秘めた、生命誕生以前の大いなる化学的複雑性であると注目しています。

これらの考え方を考慮すると、ある程度ばらばらな組み合わせの化合物が長い期間(人間の化学実験でいうところの長期間)をかけてどのように変化する可能性があるのかを観察するのは、彼らが得意とするところでしょう。

「私は、生命の起源における化学反応を、生命をもう一度誕生させるという観点から考えるのが好きです」とMamajanovは続けます。「生物とは関係ない進化可能な系を考えてみましょう。そこでは、いくつかのパラメーターが必要です。例えば、選択性、自己複製や遺伝性が必要です。もし、私たちが自己触媒反応を示すことができれば、それは自己複製ということになるので、問題が1つ解決します。」

自己触媒反応が続き、化学物質が増幅すると、そこに存在する栄養塩を消費します。そのようにして自己選択が行われます。そして、それはおそらく遺伝性へと繋がるでしょう。

「したがって、これはおそらく進化可能な化学系を組み立てる最初の一歩なのです」と彼女は言います。

新たな小瓶を置く棚を設置し、それらを観察し、そして質量分析計で分析するにあたり、3人の研究者は元ELSI Origins NetworkフェローのRichard Gillams、実験助手のMelina Caudanと西内久美子を含む共同研究者から重要なサポートを得ました。

現在の計画は、この実験を継続し、時間の経過と共に変化する溶液を特定、濃縮し、何が起こっているのかを正確に分析することです。

 

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マーク・カウフマン(Marc Kaufman)は、宇宙生物学および火星に関する本を執筆し、ワシントンポスト紙とフィラデルフィア・インクワイアラー紙にて長年レポーターを務め、NASAが支援するオンラインコラムのMany Worldsを執筆中(www.manyworlds.space)。彼はまた、ELSIを幾度となく訪れており、2017年には「ELSI RISING -ことのはじまり-」を執筆した。