Image ELSI Model 202004

恒星系の形成から生命の誕生までの経路を示したこの図は、その形から「squid (イカ)diagram」とも呼ばれますが、生命の起源に関するELSIモデルを表しています。このモデルは理論的な枠組みであると同時に、生命の起源に関する研究のロードマップでもあります。


東京工業大学地球生命研究所(ELSI)が設立された当初、研究所の所長や副所長らは、「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に対し、地球と生命の起源を明らかにする科学的モデルをつくると約束しました。そのELSIモデルは、ELSIの研究者の間で長い間議論され、時間と共に進化してきました。そして、2019年にはそれは言葉となり、図となって現れました。


出来上がったものは、非生命から生命が誕生するために必要な、しかしよくわかっていない具体的な変化を挙げ連ねたものではありませんでした。それは、惑星の形成から生命の誕生までの間に必要不可欠な変化を描いたロードマップでした。  
以下は、ELSIのエグゼクティブディレクターであるMary Voytek特任教授の談話から抜粋したものです。その中でVoytekは、生命の起源ロードマップの意義、価値、さらに期待される結果について語っています。

Marc Kaufman(MK):地球上でどのように生命が生まれたのかをモデル化したELSIモデルの重要なテーマとその変遷について紹介してください。

Mary Voytek(MV):私たちが作り上げたのは、哲学的モデルです。このモデルでは、ELSIの研究者が取り組んでいることを全てモデル上に配置することができます。そして、なぜそれぞれの研究が意味をなすのかということを示すことができます。

生命がどのように誕生したのかという議論を通して、私たちの間には、ひとつの共通した見方ができました。それは、生命が進化し次の段階へ進む際に必要となる条件を特定し、それらを一連の通過点として設定し、進化の道のりを展開させていくという考え方です。例えば、私が紹介する最もわかりやすい例は、まず、あらゆるタイプの惑星が形成されたとしても、生命が誕生するためには特定の特徴を備えた惑星が必要で、そうでなければ生命は存在しないということです。つまり、この時通過点でクリアしなければならない条件は、惑星がハビタブルかどうかということです。

もともと、WPIに申請書を提出した際、ELSIは生命の起源に関する独自のモデルをつくりあげるという約束をしました。一部のひとたちは、ELSIが、生命の誕生はここで起きた、こうしてこの順番で起きた、ということを言うと期待していました。彼らは具体的な答えや、少なくとも何らかのあり得るシナリオが出てくるのだと思っていました。

しかし、わかることと分からないことをよく考えてみると、一時的に人をわかったような気にさせる答えやシナリオを出すことは適切ではありません。

その代わり、私たちは、太陽系やそれ以外の恒星系の何を知っているかについて、全体として筋の通ったメカニズムを得ることができたと考えています。そこでは、多様化と選別という2つの考え方があり、広い範囲に応用して考えることができます。多様化は、可能性という性質によって決まり、選別は次のステップへつながるものを抽出するフィルターになっています。

地球の歴史においては、基本的にMessy Chemistry(乱雑な化学反応)からSloppy biology(バラバラの生命反応)へと繋がります。そして、最終的に、生物へと進化する何かに落ち着きます。こうした生命誕生の過程は、ひとつの反応だけで起きるものではありません。それがこのモデルの中核にある考え方です。

 

ELSIのエグゼクティブディレクター、Mary Voytek特任教授。(Nerissa Escanlar)


MK:地球における生命の起源を理解すること、また、それがどのように始まったのかという特定のシナリオを見つけることは可能でしょうか?

MV:はい、どのように生命が誕生したかに関する一般的な理解を得ることは可能です。ただし、何をシナリオとして提案しても、そして、どんなにそれが具体的であっても、次のような問題に直面します。まず、時間を遡る方法が分からない限り、生命が最初に誕生した時の詳細を証明することは不可能です。私たちが解明しようとしている事柄に関して残された化石記録はありません。したがって、生命の起源については、つねに可能性の問題になってしまうのです。生命の起源に関しては、可能性のあるシナリオが複数あるかもしれません。

次に、現在の地球上の生物に基づいて得られた知識に従いすぎてしまうと、完全に見誤ってしまうことになるかもしれません。なぜなら、現在私たちが見ているものは、大局的には、祖先につながる系統がありますが、最も原始的な生物にまで繋がっていないかもしれないからです。LUCA(Last Universal Common Ancestor)と呼ばれる現生生物の共通祖先は、実際に現在の生物圏が生まれる前に、本当の起源的生命とはかけ離れたものになっていたかもしれません。

特定のモデルやシナリオを通して生命の起源を見ようとしている人は、他の可能性を無視したり、考えを制限してしまう可能性があります。その結果、どんな努力を注ぎ込んだとしてもつじつまが合わない(そういう場合、無理につじつまをあわせるべきではありません)シナリオになってしまうこともあります。

私たちのアプローチでは、私たちは常にオープンな状態にあります。新たなデータが加わってもシナリオを再調整する必要はありません。なぜなら、私たちは新たな観察事実によって変わってしまうような特定のシナリオを持っているわけではないからです。

生命の起源についての理解は、より深めることが可能であると同時に、着実に前進しています。それは疑問に対する新しいアプローチであったり、極めて重要な理解だったりします。ELSIの初期の研究から生まれた一つの例をあげると、生命誕生にいたる重要な節目が訪れるのは、いつも同じ場所ではないということです。様々な化学反応の必要条件は異なります。環境によっては、何らかのものを生み出すこともあれば、何かを破壊することもあります。そのため、生命誕生に至るいくつもの段階は、環境や時間、地球上における場所もそれぞれ異なった場所で起きたと考えることができます。

 ELSIのコミュニケーションルーム「アゴラ」で議論する研究者たち。(Nerissa Escanlar) 


MK:生命の起源の問題に取り組んでいる他の人たちのアプローチと比べて、ELSIモデルはどう違うのですか? 

MV:生命が獲得しようとしていた機能を得るために、別の道があると分かったとしましょう。それは、その機能について理解が深まったことだと私たちは考えます。結果的に、その別の道の方がずっと簡単だったのかもしれません。

例えば、(ELSIの主任研究者であるIrena Mamajanov特任教授の)「Messy Chemistry(乱雑な化学反応)」は、自然に形成される分岐ポリマーについて考えます。分岐ポリマーは、核酸や、あるいはDNA、RNAのような既に私たちが持ち合わせている足場分子ほど優れているわけではありませんが、それでも簡単な足場のようなものを提供することができます。

そこで、私たちは考えます。この足場を作る方法は数多くあるのだから、乱雑な化学反応を通して作ることができたはずです。それでは、その次の段階はどうなるでしょうか?どうやったら足場をもっと複雑にすることができるでしょうか?それはある特定の方法でだけ可能なのでしょうか?そして、自己複製も可能にする足場をどうやってつくるのでしょうか?

自分たちが何を研究しているかを説明しようとして、ある同僚はこう言いました。「もし、私がフランス風の菓子パンの乗ったお皿を指さしたあとに、塩、鶏、牛、そして古びた機械を手渡したとします。そうしたらあなたは何をしたらいいのかわかりますか?あなたは、渡されたものを使ってどのようにフランス風の菓子パンを作るか、どうやったら知ることができますか? 」

つまり、できあがった完成品を見ただけでは、作り方を知るのはかなり難しいということです。どうやって牛から牛乳やバター、生クリームを入手するのか、どうやって鶏を育てて卵を産ませるのか、そして、どうやってあのようなパンを焼きあげるのかということは、完成品からはわからないのです。

私たちが生命の起源の研究でやっていることは、これと似たようなことなのです。何がこの前にあって、何がその後に起こったのか、どんなことが可能で、材料は何だったのか、この世界がこうなるために、どのような道のりがあったのか、ということを調べるのです。

 

アゴラの黒板に書かれた様々なグラフ、方程式や、基本概念の説明など。(Nerissa Escanlar)

MK:以前お話をお伺いした際、ELSIモデルを一連の砂時計に例えて説明してくださいました。あの形はのこっていますが、ずいぶん多くのことが付け加わっていますね。何が起きたのですか?

MV:私たちがELSIで取り組んでいることをもっと加えるために、squid diagramにしたのです。

私たちは確かに、砂時計で表されるような哲学的モデルを始めは考えました。しかし私たちは、可能性の幅を発展させると同時に、選別過程をより詳しく議論しました。

Squid diagramが示そうとしたのは、生命の起源についてもっともらしいストーリーを作る必要がなくなってしまったということが理由で、この図を作る段階で学んだことを放棄しようとしているわけではないということです。この図は、私たちの太陽系や地球の起源についての情報を与えてくれます。ですから科学そのものが消えてなくなることはありません。しかし、生命に辿り着くような道のりの一部ではないということです。 

例えば、ホットジュピター(系外惑星である巨大ガス惑星)があると分かった後も、ホットジュピターの研究を続けることは出来ます。しかし、それらは生命の起源を理解するには役立たないかもしれません。なぜならホットジュピターは生命を支えてくれることはないからです。でも、ホットジュピターが形成されたという事実は、惑星形成やハビタブルプラネットを理解するうえで重要です。それが、squid diagramがメインルートから外れる出口を持っているということの理由なのです。

今、あなたが見ているこの図に加えられた修正は、LUCAが誕生する前に、すでに進化していた系統の中で既に絶滅しているものがあったかもしれないという認識を加えたことです。それは、squid  diagramから外れてしまったルートです。現在、初期系統の調査に使える手法と、調査された現代系統の情報からでは、それらが何であったのかを推測することは不可能です。

Paul Davies氏(アリゾナ州立大学の宇宙論研究者であり宇宙生物学者)のような人たちは、その他の系統で、まだ確認されていない「影の生物圏」というものを考えます。しかし、現在の環境でサンプリングをする方法では、稀少なものは見逃されてしまいます。一方で、私たちは、生き残ったものの理解に基づいて何かを探しています。 

LUCAは生き残った系統です。私たちが知っている生物圏の全てはそれに基づいています。そこで私たちは、LUCAを導き、それを可能にしたもの、さらにある程度に生物を拡大させたものに焦点を合わせています。

 

 
Last Universal Common Ancestorはひとつの細胞ではなく、一部の特性を共有しつつ、それ以外の多様な特性も持った初期細胞の集団だとELSIでは理解しています。  

MK:ELSIモデルの図の構造は、LUCAの登場によって変化しています。それ以前は、星や惑星が形成されるプロセスを示し、化学物質と化学反応のプロセスは機能性分子を形成するために多様化し、そこから現代の生物のいくつかの特徴を備えた構造に進化します。しかし、LUCAは、LUCAより前と同じようなやり方で繋がってはいません。

MV:その段階で、化学現象は生物現象へと移行します。細胞のように見える最古のものは油滴、あるいは、有機的な微小球、あるいは最古の膜のようなものを形成した何か他の相分離構造だった可能性があります。代謝は進化し始めますが、必ずしも細胞と関連しているとは限りません。でも、細胞がなければ、全ては拡散してしまい、乱雑なままです。細胞はそれらをより効率的にするものです。この効率化こそが、雑多なシステムを次の段階の構造に引き上げるもので、最終的には、私たちが知っているような生物へとつながるステップなのです。

様々な系統がこのレベルに到達すると私たちは考えていますが、多くはそこから進化しないために絶滅します。やがて、最終共通祖先の細胞集団に至ります。私たちは、LUCAはひとつの細胞ではなく、いくつかの機能を共有し、しかし多様性も持っていた細胞群だったと考えています。

それらは全て、核酸、ペプチド、酵素、脂質、組織、細胞壁を持っていましたが、恐らく、別の細胞はエステルまたは単純脂質でできた細胞壁を持っていたでしょう。このような違いが、次の段階で、現在の生物圏へと進化し拡大することを可能にしました。しかし、私たちは選択肢のいくつかはすでに失っています。それらの選択肢は競争に生き残れなかったからです。

 

ELSIの惑星科学者であり宇宙生物学者でもあるRamses Ramirez研究員は、中心星周辺で生命維持可能な領域、いわゆるハビタブルゾーン、の性質と特徴を研究しています。彼はGeosciencesの論文で、「典型的なハビタブルゾーン」を検証し、新たな定式化について議論しています。(Ramirez, Geosciences 2018.) 



MK:ELSIで進めている生命の起源に関する研究は、なぜ何十億年も遡って、恒星系や太陽系の形成まで扱っているのですか?

MV:それはCarl Saganから始まります。有名な話ですが、Carl Saganは、アップルパイを何もないところから作るには、まず宇宙をつくらなければならないと言いました。現在私たちの世界にある全てのものが生まれ、動き出したのは、ビッグバンの時点からだということを私たちはよく理解しています。

生命をつくる材料や、これまでに起きた様々な過程、それらは次に起きることのためには必要なものでした。私たちの多くが、生命は他の場所でも進化している可能性が高いと考えている理由はここにあります。

地球が何か特別なのではありません。数十億年にわたる道のりが地球に生命をもたらしたのであり、それは他の場所や銀河でも起こり得たことなのです。


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マーク・カウフマン(Marc Kaufman)は、宇宙生物学および火星に関する本を執筆し、ワシントンポスト紙とフィラデルフィア・インクワイアラー紙にて長年レポーターを務め、NASAが支援するオンラインコラムのMany Worldsを執筆中(www.manyworlds.space)。彼はまた、ELSIを幾度となく訪れており、2017年には「ELSI RISING -ことのはじまり-」を執筆した。