日米の研究者たちは、生命の起源を研究する新たなアプローチを開拓する過程において、生命に似た化学反応を再現しました。

 

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図1: 段階的植え継ぎによる連続的な有機化学物質の進化実験
原材料となる有機化学物質を豊富に含んだ「スープ」を硫化鉱物と反応させたものを第一世代とする。そこから少量を取り出し、新しい反応容器に植え継ぐことで第二世代以降の連続的な有機物質の化学進化を実現した。Credit: David Baum Lab

 

   この実験は、実験室内で生命体を作り出すということからはまだ遥かに遠いものです。しかし、約40億年前の地球上で、生命現象がどのように始まったのかを説明するために不可欠な化学反応をシンプルな実験技術で再現できることを示したものです。


    研究者達は、有機化学物質を豊富に含んだ「スープ」をはじめに用意し、そのスープの量を継続的に減らすとともに、新たな原材料を追加することによって、スープ量を元の状態まで回復させるという作業を繰り返し行う「選別」の作業を行いました。何回もこの選別を繰り返していくと、原材料を消費するかのような状況が現れます。これは、選別の過程において、スープそのものが増殖可能になる化学反応の流れを生むことができたかもしれないということの証拠です。


    より長い時間尺度で見ると、これらの化学変化は、繰り返し振動していることがわかりました。これは、有機化学物質からなる「スープ」がもとの状態に回復するフィードバックループが出来上がったことを示しており、これは生命現象に類似した現象です。


    ウィスコンシン大学マディソン校のDavid Baum教授と彼が率いるチームは、2019年10月23日、「ライフ」誌にこの研究結果を発表しました。この研究は、アメリカ国立科学財団(NSF)および航空宇宙局(NASA)の資金提供を受けて行われました。


   他の研究者達はこの実験アプローチを利用することによって、生命のような化学システムをつくるためにどのような成分が必要で、またそれらの化学反応がさらに複雑な化学反応ネットワークへと進化することができるかどうかを解明する研究に役立てることができます。  


   この系をさらに複雑化することができれば、単純な化学物質がどのように今日のすべての生物の祖先である細胞生物が持つ複雑さへと至ったのかを解明することに役立つかもしれません。

  
   「生命の起源における中心的な課題は、DNAやRNAのような遺伝情報物質が存在する以前の状況で、どうやって進化に至るのかということです。今回私たちが理解できたのは、化学反応ネットワークの進化がその謎を解くかもしれないということです。そして、実験を通してこの問題に取り組めるということに気づいたのです」とBaum教授は言います。 

 
   化学系が進化するという仮説を検証するために、研究者は化学物質に豊む「スープ」をまず準備しました。アミノ酸、糖、一般的な有機化合物、微量元素、そして核酸の構成要素を海水に溶かし、さらに系の反応を手助けするためにATPを加えました。ATPは、今日の多くの生命現象を駆動する高エネルギー分子ですが、初期地球上には存在していなかったと考えられています。


   ウィスコンシン・ディスカバリー研究所フェローでもあるBaum教授は言います。「これら全ての化学物質は、初期地球にはなかったかもしれません。でも、私たちがやろうとしているのは、反応過程を早めることです。そして、その反応は、理論的には、より単純な生命構成要素から始まったはずです。」


   そこで研究チームは、鉄と硫黄からなる黄鉄鉱の微粒子を混ぜ、独自の原始「スープ」を作りました。これは、ドイツの化学者Günter Wächtershäuserの1988年化学進化の提案に基づいたもので、Baum教授のチームは、生命に類似する化学反応を生み出すために黄鉄鉱が理想的な材料であると考えています。


   Baum研究室所属の大学院生でこの研究の筆頭著者であるLena Vincent氏は言います。「黄鉄鉱(パイライト)は原始地球における一般的な鉱物です。黄鉄鉱は、多くの有機化合物と結合可能であり、それらの物質同士の反応を触媒することができます。そして、すばらしいのは、生命が保有する酵素の多くは、その中心に黄鉄鉱と極めて類似した構造を持っていることです。それは、簡単にいうと、タンパク質に包まれた黄鉄鉱ということです。」


   研究者は、反応容器の中に砕いた少量の黄鉄鉱と濃縮された海水「スープ」を数滴加え、その溶液を数日間混合しました。これを第一世代とします。第二世代をつくるために、Vincent氏は第一世代の溶液を少量とりだし新しい反応容器に入れ、そこに新たな「スープ」と黄鉄鉱を加えました。そしてこの作業を十数世代にわたって続けると、希釈されるよりも速く増殖する可能性のある化学反応ネットワークのみが生き残り、拡散するようになりました。


   12世代、18世代後になると、リン酸塩の数値(ATP使用量の読み取り値)および溶解した有機物が減少したことが確認できました。これは、化合物が黄鉄鉱粒子に付着し、それに沿って拡散しているかもしれない可能性を示唆しています。


   超高倍率ズームで黄鉄鉱を調べると、フラクタル(図形の全体と部分が自己相似になっている)形状が実験試料の中にある鉱物の表面に沿って多く広がっているのが分かりました。しかし、その現象は選別を経ていない試料では見られませんでした。


 

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フラクタルパターン: 超高倍率の顕微鏡写真により、何世代にも渡る連続的な化学進化実験後にフラクタル形状のパターンが黄鉄鉱の表面に形成されていることが発見された。研究者らは、これらのフラクタルは薄く広がった有機物の膜が原因で形成された塩の析出痕の可能性が高いと考えている。Credit: David Baum Lab

 

   これらのフラクタル形状は塩類のように見え、それ自体は生命に似たものには見えません。しかし、研究者たちは粒子に付着した有機化合物の薄い膜が原因でこれらが作られた可能性があると考えています。有機物が含まれていない溶液にフラクタルは現れなかったからです。

   東京工業大学地球生命研究所に所属する共著者のJim Cleaves氏は次のように話しています。「研究者たちは、有機物を自発的に複雑化し組織化する具体的な反応例を長い間探していました。この研究やELSIで行っているその他の実験をもとにすれば、そうした反応例は全く信じられないくらい稀というものでもないかもしれません。こうした反応を発見するには、適切なツールを使用するということが重要なのかもしれません。」

   研究者らが40世代まで実験を進めると、開始時の状態へ突然戻るという初期化が起こり、ゆっくりとした変化が進む時期があることを確認しました。この現象が起きる原因は不明ですが、この種の非線形フィードバックループはあらゆる生命で見られ、実験で使われた物質系が化学「スープ」の複雑な挙動を導いたことを示しています。

   「この非線形性は、自己増殖や進化など、私たちが探求する生命に似た興味深い挙動の全てにおいて前提条件となるものです」とVincent氏は言います。

   予備段階の成功に喜びつつもBaum教授と彼のチームは、実験系の改良に向けて他の研究者たちも巻き込んでいければと考えています。

   Baum教授は言います。「私たちは、進化の可能性に関する謎を紐解くための実験系を作りたいのです。そして、他の研究所でも我々の手法を使って、そして改善していってくれることを期待しています。」

 

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周期的なパターン: 40世代を超える化学進化実験の観察結果から、有機化学物質の「スープ」における鍵分子であるリン酸の濃度が周期的に変動していることを突き止めた。この振動は生命に特徴的な傾向であるフィードバックループが反応系に生じていることを示している。 Credit: David Baum Lab

 

掲載誌 Life
論文タイトル
Chemical Ecosystem Selection on Mineral Surfaces Reveals Long-Term Dynamics Consistent with the Spontaneous Emergence of Mutual Catalysis 
著者  Lena Vincent 1, Michael Berg 1, Mitchell Krismer 1, Samuel T. Saghafi 1, Jacob Cosby 1, Talia Sankari 1, Kalin Vetsigian 1,2, H. James Cleaves II 3,4,5,6* and David A. Baum 1,7 
所属 
  1. Wisconsin Institute for Discovery, University of Wisconsin-Madison, Madison, WI 53715, USA
  2. Department of Bacteriology, University of Wisconsin-Madison, Madison, WI 53706, USA
  3. Geophysical Laboratory, The Carnegie Institution for Science, Washington, DC 20015, USA
  4. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Ookayama, Meguro-ku, Tokyo 152-8550, Japan
  5. Blue Marble Space Institute for Science, Seattle, WA 97154, USA
  6. Institute for Advanced Study, Princeton, NJ 08540, USA
  7. Department of Botany, University of Wisconsin-Madison, Madison, WI 53706, USA
DOI 
10.3390/life9040080
出版日   2019年10月23日