<プレスリリース>

 

日本の研究チームが火星衛星微生物汚染評価に関する科学的研究成果を発表・国際ルール設定へ主導的な役割

 

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図. 本研究で検討した火星上のズニルクレーター形成衝突事件からの時系列と物理過程(フォボスにおける検討例):火星上の潜在的細胞数は、地球上で最も火星の環境に近い南極の永久凍土地帯における細胞密度を参考に推定しました。ズニル形成衝突を3次元の数値衝突計算で再現し、その放出物の軌道進化を解析的に計算することで、火星衛星への物質輸送量を推定しました。滅菌過程については先行研究で最も耐性のある微生物のデータを参照し、火星衛星への衝突時の衝突滅菌率、その後の放射線による滅菌率を計算しました。最後に、現在における火星衛星上の生存細胞数をもとに、MMXで計画されているコア型の砂層採集システムを使用した場合に生存している微生物が採集される確率を計算しました。

 

東京工業大学 地球生命研究所の玄田英典准教授および兵頭龍樹日本学術振興会特別研究員は、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所の藤田和央教授、千葉工業大学 惑星探査研究センターの黒澤耕介上席研究員、東京大学、東京薬科大学と共同で、火星衛星の微生物汚染評価に関する科学的研究を実施しました。この研究成果は、国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)の惑星保護パネルに受理され、2019年3月開催のCOSPAR理事会でJAXAの火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration:MMX)に対する勧告として了承されました。これは、COSPARが保持する国際基準の惑星保護方針(Planetary Protection Policy)における日本の貢献です。
研究成果(査読付き論文2本)は、7月10、17日付けの欧州科学雑誌「Life Sciences in Space Research」電子版に掲載されました。

 

ポイント

  • 宇宙探査を行う上では、各国の関係者が従わなければならないルール(惑星保護方針)があります。
  • そのルールには、今後の宇宙探査では重要になることが明らかであるにも関わらず、未確定だった対象天体がありました。具体的には、火星衛星(フォボス・ダイモス)です。
  • そのルール設定に必要な科学的活動において、日本の研究チームが主導的な役割を果たしました。具体的には、過去500万年以内に火星から火星衛星に運ばれた可能性のある微生物の火星衛星での分布を評価し、MMXで持ち帰る試料中に微生物が含まれる可能性が国際的に合意されている上限値を大きく下回り、「安全」であることを科学的・定量的に示しました。
  • この結果は、COSPARに受理され、MMXを「はやぶさ2」と同じレベルの惑星保護方針で行うことに対して、国際的な合意を得ることができました。

 

研究の背景

国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)は、宇宙開発に携わる国家が参照することを目的として、宇宙探査を行う天体が地球からの有機成分や微生物によって汚染されることを回避し、地球生命圏を地球外生命や生命由来物質から保護し、また宇宙条約を遵守するために、その国際基準のガイドラインとして、惑星保護方針(Planetary Protection Policy)を保持し普及させています。すべての惑星ミッションは、簡潔な記録を残すだけの簡易なものから、全フライトシステムの最終段階での滅菌まで、程度は異なりますが、惑星保護対策を実施する必要があります。※1
MMXは、「はやぶさ2」に続く次世代サンプルリターンミッションとして、現在、世界の最先端である日本の小天体探査技術を基に計画されています(開発移行前)。ところが小惑星とは状況が異なり、火星衛星のごく近くには火星があります。火星には現在でも未知の微生物が生存している可能性があるとされています※2。火星への天体衝突で放出された火星岩石が地球に落下し火星隕石として発見されるように、火星物質は火星衛星にも輸送されています。この火星岩石中に火星の微生物が含まれ、火星衛星に運ばれている可能性を否定することはできません。現在の惑星保護方針の対象天体には、火星衛星が含まれていないため、MMXを「はやぶさ2」と同じレベルの惑星保護方針で行うには、火星衛星からの回収試料中に微生物が含まれる確率が国際的に合意されている上限(100万分の1)を下回ることを示す必要がありました※3

 

研究の概要

研究チームは最近500万年以内の火星表層史と微生物の滅菌データを精査し、火星衛星上で現在生き残っている微生物がいるとすれば、それはおよそ10万年前に火星上に形成された直径10 kmのズニルクレーター由来であることを示しました。それ以外の火星上の10 kmを超える大きさのクレーターが形成された時期は古く、火星衛星に輸送されていたとしても現在までに放射線で滅菌されてしまいます。研究チームはズニル形成衝突事件により放出された火星物質が火星衛星に到達する割合を計算し、火星衛星に飛来した火星岩石群が火星衛星でどのように分布するのか、そして現在までの10万年の間に放射線環境を生き伸びる可能性がある微生物の数密度を推定しました(図)。この結果をもとに、MMXで計画されているコア型の砂層採集システムを使用した場合に生存している微生物が採集される確率を算出し、計算上の様々な不定性を考慮しても99 %の確率で回収試料中に微生物が含まれる確率が100万分の1(10-6)を下回ることを示しました。
この検討結果はCOSPARに受理され、MMXを「はやぶさ2」と同じレベルの惑星保護方針で行うことに対して国際的な合意を得ることができました。

 

今後の展開

COSPAR惑星保護パネルでは、今回の勧告ではMMXミッションを対象とし、他の将来のミッションに対する勧告を形成しないと評価しました。しかしながら、火星衛星は、将来の火星本星における有人探査の拠点候補としても重要な意義を持ち、今回の研究成果による勧告の形成は、国際協働のもとで推進される本格的な火星探査にも貢献するものとなります。

 

※1

日本では、これまで科学衛星を中心とする深宇宙探査では、個々のプロジェクトにおいて、COSPARが規定する惑星保護方針に準拠した設計基準を採用し、COSPAR惑星保護パネルにおいて国際的な合意を形成することによって、個々のプロジェクトを実施してきました。さらに、近年の宇宙探査ミッションの増加を踏まえ、JAXAが組織的に惑星保護に取り組むことを目的として、2018年12月に惑星保護体制を発足させ、これに関連する規定や手続きを整備し、惑星保護方針の着実な遵守に取り組んでいます。

※2

1970年代にNASAが行ったバイキング計画では火星微生物を検出しませんでしたが、当時の検出器の検出限界である火星物質1 kgあたり10億個(109)の細胞以下の微生物が生存している可能性は否定できません。実は、バイキング探査に用いられた生命検出装置では、地球上のアタカマ砂漠や南極程度の微生物密度では検出できないことが分かっています。

※3

回収試料に培養可能な微生物が含まれる確率が100万分の1を超える場合は、制限付き地球帰還(Restricted Earth Return)という惑星保護方針が適用されます。現在のところ、この制限付き地球帰還が適用されて打ち上げられた探査機は存在しませんが、探査機設計・運用、地球帰還後の試料の厳重な取り扱いなどこれまでと全く異なる探査計画の立案が必要になります。将来火星探査など超大型計画はこの枠組で検討が進められています。なお、「100万分の1」という数字は、リスクが実質的にゼロとみなせる、という国際基準で、世界保健機関(WHO)の水質基準やアメリカ食品医薬品局(FDA)の品質基準などに広く利用されています。

 

論文情報

<論文1>

掲載誌: Life Sciences in Space Research

論文タイトル: Assessment of the probability of microbial contamination for sample return from Martian moons I: Departure of microbes from Martian surface

著者: Fujita, K., K. Kurosawa, H. Genda, R. Hyodo, S. Matsuyama, A. Yamagishi, T. Mikouchi, and T. Niihara

DOI: 10.1016/j.lssr.2019.07.009

 

<論文2>

掲載誌: Life Sciences in Space Research

論文タイトル: Assessment of the probability of microbial contamination for sample return from Martian moons II: The fate of microbes on Martian moons

著者: Kurosawa, K., H. Genda, R. Hyodo, A. Yamagishi, T. Mikouchi, T. Niihara, S. Matsuyama and K. Fujita

DOI: 10.1016/j.lssr.2019.07.006

 

 

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東京工業大学 地球生命研究所 准教授
玄田 英典
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