上野雄一郎

YUeno

 

 

「初期地球の大気」再現に挑む

YUeno2研究室の中に所狭しと並べられた重厚な機器。通路を挟んで左手には細いチューブを設えた機器が、右手にはデジタルの画面が見える。

「この長いチューブの中に混合ガス試料を通していくと、目的の成分だけを取り出すことが出来ます。ガスの種類によって、特殊な処理をしたチューブを通過する時間が違うためなんですね。例えば、今取り出そうとしている六フッ化硫黄(ろくフッかいおう、化学式 SF6)というガスは、4分30秒で出てくるといった具合に。」

地質学をバックグラウンドに持つ上野がここで行っている作業は、「地球初期の大気組成を読む」という研究の一端だ。25億年以上前の地球は現在よりも温暖であったと地質記録から明らかにされているのだが、そのことは当時の太陽が今よりも20%以上も暗く地球の表層は冷えきっていたとする理論予測とは矛盾している。しかし、初期大気が現在より桁違いに多い量の温室効果ガスを含んでいることが実証されれば、この問題は説明がつくとされている。

近年、25億年以上前の地層から質量数33の硫黄が異常に濃縮した鉱物が多く発見されており、初期大気の推定法として硫黄の安定同位体に注目が集まっている。異常濃縮を引き起こす原因は、大気中で紫外線照射によって起きる光化学反応であることが知られていた。上野は、地層に記録された同位体異常を実験によって正確に再現しようとしているのだ。異常を再現できる環境条件を実験で突き止めれば、すなわち、それが初期地球の環境だったことが分かる。

「生命誕生時の大気に酸素がなかったことは分かっていますが、それ以外の大気成分についてはほとんど不明です。初期地球の大気がどういった組成だったかを解明すれば、生命誕生の謎が紐解けるかもしれない。そういった視点で研究に臨んでいます。」

 

テーマに応じて過去と現代の双方から攻める

YUeno3ELSIの中では、上野も他の研究者の例に漏れず、かかわっている範囲が広汎である。が、地球においても、また生命においても、その基本になる共通の視点がある。それは「場の特定」だ。

「『地球』という視点では、大気や海洋といった初期地球の環境を求める、ということになります。地質学という私自身のフィールドから考えると<後ろから攻める>、つまり地質の記録が残っている過去から研究することが、私の研究スタイルのひとつになります。」

もう一つの視点である『生命』については、過去にさかのぼるのではなく、「今」に軸を置いている。一見矛盾するようだが、理由はこうである。

現在地球上には、生命が生まれるに至った当時と類似した環境条件を備えていると思われるスポットがいくつかある。例えば今年1月23日のプレスリリースで発表されたとおり、ELSIの吉田尚弘、丸山茂徳、黒川顕、そして上野らのグループは、長野県白馬地域の温泉水が、無機的に合成されたメタンガスを含むことを突き止めた※1。この温泉水は、蛇紋岩と呼ばれる特殊な岩石と水が反応することでできた。強いアルカリ性を示し、水素濃度も高く、現在の地球ではごく稀にしか見られない。一方で、初期地球ではありふれた環境であったと考えられている。このような特殊な場所を世界中から探し出し、生命発生に至ったプロセスを実際の天然の環境から求めていくというスタイルが、地球生命の誕生に対する上野らの手法である。

「初期地球と、環境が似ていると思われる場所が現在もいくつか存在しています。そこでは、生物をつくるに至ったプロセスの一部が、今も起きているはずです。実際に同じような環境があるのであれば、そこに足を運んで「あ、こういうことも起きているんだ!」とそこから学んだほうが早いだろうというのが、僕たちの思考法なんです。」

 

岩石に残る古代有機物の情報も解析

YUeno4「地球の環境を読む」という話と、「生命発生当時の環境を実際の現場で見る」という2つの視点について触れたが、もう1つ、これらがちょうど重なっている部分にあたる研究にも、上野は取り組んでいる。

地球の歴史の中でも、40億年から25億年前は「太古代」と呼ばれ、大陸がまだ少なかった時代とされている。この時代の海底に堆積した有機物を調べれば、初期生命の実態が突き止められるかもしれない。上野は特に、35億年前の海底熱水に着目し、それがどのような環境であったか、そこにどのような有機物があったのかを研究している。

「私が対象としている試料(岩石)がある西オーストラリアは、現在は陸地になっていますが、当時は深さ1,000m級の海底で、熱水活動が活発な場だったと推測されています。このような試料には実際に有機物が含まれていることが分かっています。当時の地層の情報から復元した熱水の環境と同じ条件を用意して、実験室で有機物の合成実験を行うことにより、初期の地球で実際に生命起源に至った反応過程を再現できると考えています。この方法の重要なことは、実験室で出来た有機物が初期の地球で実際に作られたものなのか否かを、地層に残された有機物と比較することで検証できることです。」

初期地球の大気と熱水環境で起きた有機物合成過程の再現。これらの研究成果が出そろったとき、生命誕生の謎解明に大きく近づくことができるだろう。