男女共同参画の実現を目指すELSIは、ロールモデルになれるか

東京工業大学 地球生命研究所(ELSI)に昨年着任したIrena Mamajanov主任研究者は、タールと呼ばれるベタベタした高分子に注目している。この物質が前生物化学(注1)にとって欠かせないものであり、生命の起源のカギを握っているのではないかと考えているからだ。

カーネギー研究所(米国ワシントン)からやってきたMamajanov主任研究者は、前生物世界についての研究を行っており、合成化学の興味深い特徴を利用している。どんな化学反応でも、ベタベタした無秩序な高分子が副産物(タール)として生成される。タールはたいていの場合捨てられてしまい、分析されることはない。

「熟練した化学者の多くは最適なプロトコルを用いるので、タールはほとんど生成されません。しかし、生命が誕生する前の地球で起きた前生物化学反応は合成実験室環境での反応のようにコントロールされていたわけではありません。当時の地球には大量のタールがあったと考えられます」とMamajanov主任研究者は言う。

「私たちは、さまざまな前生物化学反応のシナリオのシミュレーションにタールが登場することに気付き、こうしたベタベタした高分子が、前生物化学において主要な役割を担っていたのではないかという仮説を立てました。私は、タールとその機能を正確に分析できるプログラムを開発したいと考えています」。

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Irena Mamajanov主任研究者は、ELSIを本拠地とする初の女性主任研究者である。

 

Mamajanov主任研究者が前生物化学に興味を持つようになったきっかけは、恩師であるブランダイス大学(米国マサチューセッツ州)の生物物理化学者Judith Herzfeld教授の研究グループで、「最近、前生物化学が面白くなってきた」という話を聞いたことだった。

「先生のお話があまりにも面白かったので、私はその日のうちに前生物化学者になりました」。

Mamajanov主任研究者は、ELSIを本拠地として日本に移住してきた初の女性主任研究者となる。これまでもELSIは、キャリア初期の研究員から主任研究者まで、意欲的な女性研究者を採用している。男女共同参画(注2)を実現し、女性科学者が研究に集中し大きな成果を挙げられるような環境を整えることは、世界トップレベルの科学を行うためには極めて重要であると考えているからだ。世界的に見ても女性科学者の割合は教員レベルではまだまだ低いが、学生とポスドクでの男女比はほぼ等しくなってきているので、将来的には女性のリーダーがもっと増えるだろうと、Mamajanov主任研究者は予想している。

太陽系外惑星に夢中

天体物理学者の藤井友香准教授が大学院生だった時期、多くの太陽系外惑星が発見され、藤井准教授はその面白さに夢中になった。そして、ELSIで業績を挙げた後、NASAのゴダード宇宙科学研究所に参画し、今年、ELSIに准主任研究者として着任した。現在は地球サイズの太陽系外惑星の性質を探ったり、観測によりそれらを明らかにする方法を研究したりしている。

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ELSIで業績を挙げ、現在米国NASAのゴダード宇宙科学研究所で活躍後、ELSIで准主任研究者として着任した天体物理学者の藤井友香准教授は、「日本での外国人の女性研究者が増えたことが、日本人女性研究者にとって働きやすい環境整備の一助となっている」と話す。

 

藤井准教授は、東京工業大学やELSIが取り組むインフラ開発により、あらゆるキャリア段階の女性科学者が働きやすい職場になっていると言う。

藤井准教授は、ELSIが女性研究者の働きやすい環境を整備し、男女に均等に機会が与えられるように努力するようになった要因は二つあると考えている。一つは外国人研究者が増えたことで、もう一つは、日本政府の男女共同参画への後押しが大きな力となっている。

「外国人研究者が増えると、性別を含め、多様性が意識されるのではないでしょうか。また、男女比の偏りを是正するよう政府が奨励したことが、男女共同参画の取り組みを強く後押ししているのだと思います」。

家庭にやさしい職場

堆積物記録から環境の進化を解明するため、微生物生態系の安定同位体化学的特徴を研究する中川麻悠子ラボマネージャーは、ELSIの女性の同僚たちは皆、子育てとキャリアを両立させていると言う。「研究者一人ひとりに十分なスペースがあり、実験室とオフィスは完全に分かれています」。

「女性研究者が乳幼児を職場に連れてくるのを見ることもありますが、他の研究者には影響が無いように配慮され、みんな気にしません。むしろELSIで開かれる交流イベントへ子供たちも参加するように呼びかけられているほどです」。

子育て中の教職員のためのフレキシブルな勤務体制も整備されている。中川ラボマネージャーによると、ELSIの研究者に求められるのは地球と生命の謎を解明することであり、これまでのところ男女共同参画が問題になったことはないという。「私自身は、意識して男性と同じになろうとしたことはありません。ただ自分の仕事を一生懸命やります。そしてやったことの成果は性別に関わらず認めてもらえるでしょう。生命の起源のような大きな問題へ取り組むには、性別の壁を作ることなく協力する必要があります」。

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ELSIの中川麻悠子ラボマネージャーは、「ELSIは、子育てとキャリアを両立できるような環境を作ってくれている」と言う。

 

ELSIは、研究所を挙げて協力的な職場作りに取り組んでいる。ELSIの藤井准教授、中川ラボマネージャー、Mamajanov主任研究者らは、女性研究者のロールモデルとなり、科学コミュニティー全体と次世代の偉大な研究者に希望を与える存在となるかもしれない。

注1)前生物化学:生命が誕生する前に地球で、自然環境下で起こっていた化学反応を取り扱う学問分野。 
注2)男女共同参画:内閣府男女共同参画局の男女共同参画社会基本法第2条において、『男女共同参画社会とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」』と定義されている。