ELSIに設置されていたCRAY製計算機クラスターが引退します。この計算機クラスターが今まで私の地球惑星科学の研究に果たしてくれた役割を紹介すると共に、研究所が独自に計算機クラスターを持つことの意義を考えます。

 

 

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梅本幸一郎研究員とCray XC30TMスーパーコンピュータ。 Credit: ELSI

 

 

ELSI開設当初から稼働し続けてくれたCRAYの計算機XC30は、960個のCPUを搭載した計算機クラスターです。性能その他の理由でこの度引退しますが、これは私の地球惑星科学の研究に不可欠なものでした。この計算機クラスターのなかで数十個〜百個程度の原子をデータとして並べ、その原子が作り出すポテンシャルのなかでの電子の様子を量子力学に基づいて数値計算することによって、物質のさまざまな性質を、実験をかなりの精度で再現できるレベルで計算できるのです。それによって、地球、惑星という巨大でマクロな天体を構成する物質の性質を、とてもミクロな原子レベルから研究してきました。

 

計算機クラスターで計算する理由

なぜ計算機クラスターで計算するのか?直接実験で測定してしまえばいいのではないか?という疑問はあるでしょう。理由はいくつかありますが、一番の理由として、実験では実現困難な温度圧力条件や組成での研究を行うためということが挙げられます。もう一つの大きな理由は、「予言」です。これまで実験で全く考えられてこなかった物質の性質をコンピュータの中で明らかにするのです。そこで面白い性質を予言し、実験家に提案して再現してもらう。私にとって研究の一番の醍醐味です。

 

ELSICRAY計算機クラスターを使ったこれらの研究の代表的な例として、地球の外核の温度圧力条件(4000度以上、100万〜350万気圧)における液体鉄合金の計算と、地球型系外惑星であるスーパーアース深部下図参照のマグネシウム珪酸塩の相転移という2つがあります。それぞれ、実験的には実行が困難な、あるいはほぼ不可能な温度圧力条件についての計算で、地球外核の組成がどうなっているか、スーパーアースの深部構造を研究する上で不可欠な情報を与えることに成功しています。

 

 

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マグネシウム珪酸塩MgSiO3相の超高圧構造相転移。Bridgmanite相は地球下部マントルの主要構成物質であり、下部マントルの最深部相当の圧力でpost-perovskite相に相転移する。これが地球内部でのMgSiO3の最終形態である。スーパーアース深部に相当する圧力では、post-perovskite相がMg2SiO4とMgSi2O5に分解され、最終的にはMgOとSiO2になることが計算によって予言された。これら一連の相転移は、約700万気圧〜2500万気圧という、通常のダイアモンドアンビルセル実験では現在到達不可能な圧力で起こるはずである。

 

 

 

研究所内のスーパーコンピュータの位置付け

日本国内には、「富岳」に代表されるように、より新しいCPU/GPUを数多く搭載し、非常に高い演算性能を誇っているスーパーコンピュータが複数存在します。それらに比べると、研究所単位で持つような計算機クラスターは、今回引退するELSICRAYの計算機クラスターのように、毎年型落ちが進むし規模も桁違いに小さいです。ではそれが無駄かというと、決してそんなことはありません。利用料金や他の多くのユーザーとの競合といった制約を気にする必要のない研究所内計算機クラスターがあれば、特にプログラム開発や比較的小規模な計算においては無類の強さを発揮してくれます。幸い、今回引退するスーパーコンピュータよりも新しいCPU/GPUを搭載した別のクラスターマシンがELSIには既に導入されています。このような小回りの効く使い勝手の良い研究所内計算機クラスターと、外部の大規模スーパーコンピュータを目的ごとに使い分けることによって、今後も研究は発展していくでしょう。

 

 

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著者略歴:

梅本 幸一郎 (東京工業大学地球生命研究所(ELSI)研究員)

2000年東京工業大学理学部物性物理学科にて学位(理学博士)取得。その後、イタリアのSISSA、アメリカのミネソタ大学での研究生活を経て、2013年より現職。