20200127_YSekine_1

雨期の火星ゲールクレーターの想像図。キュリオシティは、クレーター内に扇状地と湖の存在を示す証拠を発見しました。このイラストは、地球で撮影した画像を修正し、火星探査ミッションの調査結果を反映させたものです。(NASA/JPL-Caltech)

初期火星は温暖で、今よりはるかに潤った気候が長期間存在していたことは間違いありません。それは、火星大気が薄くなり、その表層で液体の水を保持できなくなる以前の時代のことです。

キュリオシティによるゲールクレーターの探査や軌道上からの探査結果等からも分かるように、火星における温暖で湿潤だった地域には、数億年にわたって周期的に水が流れ、湖が存在していました。それは、現代の惑星科学における素晴らしい発見の一つです。

その水が生命を育むことができたのかという問題に取り組む前に、水が存在したという事実以外にも、私たちはもっと多くの事を知る必要があります。例えば、その水はどの程度酸性または塩基性だったのか?塩分に富んでいたのか?生命活動に必要なエネルギーを供給できる鉱物や元素含有量はあったのか、という問題です。

特に、雨期と乾期はどのぐらい続いたのでしょうか。

Nature Communicationsに発表された新しい論文では、ゲールクレーターで収集されたデータに基づいていくつかのか明瞭な答えが提示され、地球化学や環境科学に基づく解釈がなされています。

東京工業大学地球生命研究所(ELSI)の地球化学者・惑星科学者である関根康人教授と、アメリカと日本の共同研究者たちは、その水は生命を育むための重要な特徴を多く持ちあわせていたと言います。その水はやや塩辛く、ほぼ中性に近いpHで、必要不可欠な鉱物や元素を非平衡状態で含んでいました。つまり、生命活動に必要な電子を授受できたということです。その場所は、どちらかと言えば中央アジアの半乾燥地域やユタ州のグレートソルト湖のようなところで、緑豊かといえるものではありませんでしたが、生命維持に利用できたと考えられる水を含んでいました。

塩の残量とパターンの分析に基づいて、彼のチームは1万年から100万年の間隔で何度も水が存在したと推定しています。

これらの温暖期は生命が出現できるほど長く、乾期は生命が生き残れるほど短かったのでしょうか?

「その答えは分かりません」と関根教授は言います。「ですが、それよりもより重要な疑問が明らかになりました。それは、水の化学組成と水が存在する期間と、どちらが重要なのかという疑問です。」

惑星科学と環境科学を組み合わせることでこの問題に応えることができると、彼は言います。

「これは環境科学を火星に適用する最初の一歩です。」さらに、関根教授は続けます。「これは、火星環境科学という全く新しい研究分野です。」

 

20200127_YSekine_2

探査ローバーであるキュリオシティが撮影したゲールクレーターの画像は、過去にクレーター内に大量の水(湖)が存在したことを示しています。(NASA/JPL-Caltech/ John Grotzinger)

湖や川が火星上に長期間存在するためには、それらを維持し続ける水循環が必要です。後に火星では「壊滅的な」水の噴出が起こり、深い峡谷ができましたが、それは小惑星の衝突や火山噴火、又はその他の特異な出来事によって地下の氷が溶けた結果だと研究者たちは考えています。

しかし、継続的な水循環があると言うことの方がはるかに重大です。火星についての理解や火星が生命を宿す可能性があったのかどうかを知るための深い意味が隠されているからです。

ある研究によれば、火星の北半球は、かつて大部分が大きな海で覆われており、それが継続的な水循環の源となっていたと説明しています。

しかし関根教授は、自分たちの研究はもっと限定されたものに焦点を当てていると言います。それは、火星の南部高地に降り積もった雪と氷が、その後その地域が温暖化することによって溶け、地形的に低いところに流れ、湖にたまるという局所的なシステムです。 

初期の段階でどうやって火星表層で水が流れるほど暖かくなったのかという問題に関しては、明確な意見の一致が無く、議論の対象となっています。

関根教授らは、温室効果ガスであるメタンと水素が地下から放出されることによって温暖化を招いたというシナリオを提案しています。これらの化合物は、おそらく、メタン包有物に含まれていたのです。メタン包有物は、大量のメタンを水の結晶構造内に閉じ込めたもので、氷に似ています。

そして地下にあった水の氷も温暖期によって液化し上昇して、クレーターを湖に変えたと考えられます。

関根教授は、このモデルによれば、温暖化は「数十回」発生した可能性が高いことを示している、と言っています。

 

20200127_YSekine_3

関根康人氏は、ELSIの惑星科学・アストロバイオロジーの教授、主任研究者であり、文科省の新学術領域研究「水惑星学の創成」の領域代表者です。(Nerissa Escanlar)

どれぐらいの間、湖に水がある状態だったのかという推定は、様々なデータの中でも特に、キュリオシティが検出した塩分の蓄積量の分析結果や、共同研究者であるハーバード大学環境科学・工学部のRobin Wordsworth准教授による気候モデルに基づいています。

「私たちの推定値は湖の塩分濃度に基づいています」とWordsworth准教授は言います。「数値が分かれば、水が岩石の間を流れたあとに何が残るかということに基づいて推測することができます。湖に流れ込む水は淡水で、塩分濃度は湖で増加します。」

雨期は数万年から数百万年続いたことが判明しましたが、その一方で、乾期はそれよりもはるかに長く続いたでしょう。乾期をもたらす原因は蒸発です。惑星が冷却していくときには、融水が流れたり、地下の水が新たに流れ出し表層水を補充したりすることがないということです。

長い乾期は、生命出現の可能性を排除するかのように思えるかもしれませんが、生命の起源に関する研究者らは、雨期と乾期のサイクルが実際には生命出現に必要なものだと考えています。

 

20200127_YSekine_4

火星探査ローバー、キュリオシティが撮影したゲールクレーターの湖成層堆積物。関根教授の火星の水に関する論文で使用されているデータは、この地域で得られました。(NASA/JPL-Caltech/MSSS.)

関根教授によると、彼らの論文は、古い時代の湖であったゲールクレーターの古代湖に関する初めての、かつ広範にわたる定量的レビューであり、pH、酸化還元状態、塩分、溶解している元素の濃度すべてに関する水の化学組成を扱っています。キュリオシティ探査チームの科学者たちは、水の化学組成に関する初期段階の評価を行いましたが、関根教授は、これらの評価を更に行う必要があると述べています。

意外なのは、粘土堆積物から水の化学組成を復元する方法の1つは、放射性廃棄物処理の分野で開発された手法に基づいていることです。これは、火星の研究における全く新しいアプローチです。

このアイデアを紹介したのは、Nature Communication誌で発表された論文の著者でもある、金沢大学地球化学・環境鉱物学の福士圭介教授です。

福士教授によれば、その背景にあるのは、いくつかの国が核廃棄物を粘土質岩石中で長期処分しようと検討していることです。粘土質岩石は、放射性原子を封じ込めることができる環境であるとみられています。このような場に、将来的に放射性物質を移動させることを考えれば、粘土質岩石をつくる堆積物の粒子間にある水の化学組成を理解することは必要不可欠になります。

フランス地質調査所のEric Gaucher研究員は、多くの粘土質岩石の主成分であるスメクタイトの組成から水の化学組成を定量的に推定する手法を開発しました。

福士教授は電子メール内で、「このアプローチによって、粘土質岩石の鉱物学的情報から地下水の組成を完全に再現することができます」と述べています。

火星のイエローナイフ湾において鉱物情報を得ることが可能であることから、福士准教授は、Gaucher氏のアプローチが「ゲールクレーターにかつてあった水の化学組成を得るのに役立つ方法」となる可能性があると考えました。 そして、その手法はとても役に立ったと関根教授は話しています。

 

20200127_YSekine_5

NASAのカッシーニ探査機が撮影した、土星の衛星であるエンセラダスから噴出する間欠泉の疑似カラー写真。この間欠泉は、衛星の表面を覆う氷の殻の下に地下海から噴出しています。(カッシーニ撮像チーム, SSI, JPL, ESA, NASA)

火星に関するこの研究は、文部科学省新学術領域研究「水惑星学の創成」プロジェクトの一環として行われました。水惑星学の創成は、5年間で約10億円の研究助成を受けるプロジェクトであり、関根教授は領域代表者を務めます。この研究の目的は、太陽系における水の起源や歴史を探索することであると同時に、既存分野と科学的アプローチを融合させ、革新的な研究分野を造り出すことです。

関根教授は、火星の研究に加えて水惑星学プロジェクトを進めていますが、このプロジェクトは、氷で覆われた世界を持つ、木星の衛星エウロパや土星の衛星エンセラダス、さらに、かつて惑星に分類されていた冥王星にあると言われている内部海を対象としています。さらに、関根教授は、JAXAの行っているプロジェクトにも参加しており、欧州宇宙機関(ESA)の木星氷衛星探査計画(JUICE)のガニメデのミッションで協働しています。ガニメデは木星を周回する衛星のうち最大で、かつ唯一磁場を持つ衛星で、多くの科学者は、ガニメデに内部海があると考えています。

私たちは太陽系における水の分布を知る必要があり、それについて学ぼうと努力しています」と関根教授は続けます。「はやぶさ2(JAXA(宇宙航空研究開発機構)のミッション)と探査機オシリス・レックス(OSIRIS-Rex, NASA)から、小惑星の鉱物にどのぐらいの水が含まれているかが判明することを期待しています。それは地球や初期の火星、あるいはそれ以外の場所でも、水がどこからやってきて、しかも、どのように運ばれたのかを理解するのに役立つはずです。」

どちらの小惑星ミッションも、地球にサンプルを持ち帰るように設計されています。科学者たちは小惑星の水の量や、水の同位体の多様性を研究しようとしており、太陽系の惑星が持つ水がどこから来たのかという大きな疑問を解明するのに役立つと考えられます。

氷―岩石相互作用の専門家として、関根教授はモンゴル、中央アジアなどでフィールドワークを行い、特に永久凍土や、かつて永久凍土だった地域の微生物学的研究も実施しました。

関根教授は2018年に東京大学からELSIに移籍し、現在9人の大学院生がいます。関根教授によれば、ELSIには微生物学、化学、地質学や自身の研究と関連する分野の専門家が多くいるため、ELSIで研究することは、自身の研究にとても役立っていると言います。

関根教授は続けます。「ELSIで研究することができて助かっています。何か疑問があれば、それについて質問できる人が多くいますから。」

 

------

 

マーク・カウフマン(Marc Kaufman)は、宇宙生物学および火星に関する本を執筆し、ワシントンポスト紙とフィラデルフィア・インクワイアラー紙にて長年レポーターを務め、NASAが支援するオンラインコラムのMany Worldsを執筆中(www.manyworlds.space)。彼はまた、ELSIを幾度となく訪れており、2017年には「ELSI RISING -ことのはじまり-」を執筆した。