火星の大気中に存在する軽い希ガス、ネオンが、火星の深部を探る手がかりになることが、新たな研究で明らかになりました。東京工業大学地球生命研究所 (ELSI) の黒川宏之特任助教らからなる研究チームは、過去および最近の火星探査機 Viking MAVEN のデータを用いて、火星の内部には地球よりも豊富なネオンが存在し、水などの他の揮発性物質も同様に存在する可能性があることを発見しました。研究チームは、火星とその初期ハビタブル環境の起源を解明するためには、将来の火星探査で大気中のネオンを詳細に計測することが重要であると結論づけています。

 

 

 

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図1. 火星大気中のネオンは宇宙空間に流出し続けているため、現在の大気中のネオンは最近の火山活動によって火星内部から供給されたものである。 Image credit: NASAの画像を改変。

 

 

惑星の内部には、その形成の歴史が記録されています。例えば、地球の深部に残されていた希ガスの一種、ネオンは、大気中のネオンとは同位体組成が異なります。これは、惑星形成段階で原始太陽系星雲ガスから直接取り込まれた揮発性元素の特徴であると解釈されており、太陽系初期の始原的な天体から供給されたと思われる表層(大気や海洋)の揮発性元素とは対照的です。他の地球型惑星(水星、金星、火星)の深部にも同じ特徴が見られるかを判別することは、惑星とそのハビタビリティ(生命居住可能性)の起源を理解する上で非常に重要です。しかし、地球以外の惑星において、その内部に閉じ込められた揮発性元素を測定することは非常に困難です。

 

 

研究チームは、磁場がない火星では太陽風の影響を受けて大気が宇宙空間に流出し続けていることを利用し、火星深部の情報を得ることに成功しました。研究チームは、NASAの火星探査機 MAVEN の取得したデータを用いて、軽い希ガスであるネオンの大気中での存在時間はわずか1億年程度であることを発見しました。このことは、現在、火星の大気中に見られるネオンは、火山活動によって火星内部から放出されたばかりの成分であることを示しています。したがって、火星の大気中のネオンは、火星の深部を探るための手がかりとなります(図1)。

 

 

図2. マントル(左軸)と形成期の火星(右軸)のネオン存在度大気中のネオン存在度の関係(青色の領域)。破線は Viking のデータから推定された大気中のネオン存在度の範囲を示す。火星のマントルの値(左軸)との比較のため、地球マントルのネオン存在度を示した。オレンジ色の線は、火星の形成期の火星の値(右軸)と比較するために、可能性のある供給源のネオン存在度を示している。Image Credit: Kurokawa et al. (2021) Icarus を改変。

 

 

火星の大気中のネオンの存在量は、NASA Viking 着陸機のデータから推定されています。研究チームは、この大気中の存在量を用いて火星内部のネオンの存在量を推定しました。その結果得られた存在量は、地球のマントルを上回る大量のネオンが火星のマントルに含まれていることを示していました(図2)。ネオンの供給源として考えられる原始太陽系星雲ガスや太陽系初期の始原的な天体には、他の揮発性元素も豊富に含まれていることから、火星は水、炭素、窒素などの他の揮発性物質も大量に獲得した可能性が高いと考えられます。

 

 

また、この研究では、大気中のネオンの同位体組成の計測から、火星のネオンの供給源を特定する方法を開発しました(図3)。ネオンの同位体組成は、過去の火星探査ミッションでは一度も測定されていません。研究チームは、将来の火星探査におけるネオンの同位体組成の計測が、火星の起源とその初期環境を明らかにするために特に重要であると述べています。

 

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図3. 火星の大気とマントルの20Ne/22Ne比の関係(青色の領域)。火星隕石に含まれるガスから示唆されている2つの異なる大気の値を縦線で示している(MM1とMM2)。マントルの値(オレンジ色の部分)と比較するために、可能性のある供給源の同位体比を示している。Image credit: Kurokawa et al. (2021) Icarus を改変。

 

 

これまでの火星探査においてネオンの同位体組成を測定することが困難であった原因は、大気中に豊富に存在するアルゴンです。アルゴンは、質量分析計による測定におけるネオンの信号を妨害してしまいます。この問題を解決するため、研究チームはアルゴンとネオンを分離する透過膜を備えた質量分析計システムを開発し、このシステムを用いてJAXAの将来の火星着陸ミッションで大気中のネオンの計測を行うことを提案しています。また、NASAESAによるMars Sample Returnミッションでは、火星の土壌を持ち帰ります。この試料から十分な量の大気ガスが採取されれば、火星の大気中のネオンを測定できるかもしれないと期待しています。

 

 

掲載誌  Icarus 
論文タイトル  Mars’ atmospheric neon suggests volatile-rich primitive mantle 
著者  Hiroyuki Kurokawa1*, Yayoi N. Miura2, Seiji Sugita3, Yuichiro Cho3, François Leblanc4, Naoki Terada5, Hiromu Nakagawa5 
所属  1. Earth-Life Science Institute, Tokyo Institute of Technology, Japan
2. Earthquake Research Institute, The University of Tokyo, Japan
3. The University of Tokyo, Japan
4. LATMOS/CNRS, Sorbonne Université, UVSQ, France
5. Tohoku University, Japan 
DOI  10.1016/j.icarus.2021.114685
出版日  202194